とある務所帰りの男の話 1
俺の名前はヒロ……罪を償って15年ぶりに出所が決まった男だ。
罪を償ってと言っても実際に俺がやった訳じゃねぇ。
組みのために兄貴の代わりに務めに入ったって理由だ。
「アニキ!お務めご苦労様です!!」
務所を出ると当時はまだガキだった弟分のヤスが立派に成長して俺を出迎えにきていた。
昨今では出所したら組から何の音沙汰も無いという話も聞いていたが俺のところはそうではなくて一安心だ。
一昔前のように盛大に出迎えると言う事も出来ないので、弟分だったヤスがこうして慕いながら出迎えてくれるだけマシだろう。
「アニキ、どうぞこちらへ」
ヤスが車の後部座席の扉を開く。
どうでもいいが随分と小さく可愛らしい車に乗ってやがるな。
これも時代の流れってやつなのかもしれない……今の時代に俺たちみたいな道を外れた人間が高級な外車に乗ってブイブイ言わせる時代では無いのだろう。
俺はヤスに例を言って車の中に入る。
「ん?なんか甘ったるい匂いがするが……女でも乗せてたのか?」
「アニキを迎えるのにそんな事する訳ないっスよ。
車は変な匂いが付きやすいですからね。
その対策ですよ」
「ふーん、そんなもんかねぇ」
そう……今思えば異変はこの時から始まっていたんだ。
だが、長い時間の外界から切り離されていたこの時の俺はそんな事に気付く余裕は無かったのだ。
「アニキ、良かったらどうぞ」
信号待ちをしている時にヤスがそう言って何かを渡そうとしてきた。
恐らくはタバコだろう……務所に入る前の俺はヘビースモーカーだったからな。
正直、このまま禁煙したままでも良いのだが久しぶりに会えた後輩の前で情けない真似をするのもどうかと思う。
「ああ、ありがとな……って、なんだこりゃ? 」
「何ってグミっすけど……アニキはお嫌いですか?」
「ありがたく頂くさ。
……意外と美味いもんだな」
「いまウチの組で流行ってるブツですからねぇ」
「ブツってお前……なんか変なもんでも入ってんじゃねぇだろうな?」
「ヤクとかって事っすか?
そんなもん入ってないですよ。
今、ウチの組はヤクどころかタバコもやってる人はいないんで綺麗なもんっス」
「……ああ、最近は厳しいって聞くもんな」
最近は禁煙ブームだか何だかでタバコを吸うのも一苦労って話だからな。
それならばいっそやめてしまったほうが良いのかもしれねぇな。
「そうっスよ。
やっぱり喉がやられますからね。
今の俺らのシノギは喉が命なんでタバコなんてやってられませんぜ」
「は?喉を使うシノギって……」
「アニキ、着きやしたぜ!」
「着いたって……普通のマンションじゃねえか」
「シノギに必要なんでこのマンションの最上階を借りきってんでさぁ。
オヤジの部屋に案内しますぜ」
ヤスの口から度々出るシノギ……俺はこの事に早いうちに聞いておくべきだったのだ。
そうすればあんな事に巻き込まれることは無かったのに。
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