ナコと八起子の上野デート 4
「あ、もしもし。
はい、オッケー貰ったっスよ。
ええ…ええ…後は予定通りに進めてもらえれば。
自分っスか?
自分はいつでも行けるっスよ!
それじゃあ、よろしくお願いします!!
……という訳で無事に話が進んだっスよ」
電話を切りながら八起子に語りかけるが、八起子は今何が起きているのか全く分かっていなかった。
「え?今の電話は何なんですか?
それに話が決まったって一体……」
「やだな〜自分たちのオリジナル楽曲の制作プロジェクトに決まってるじゃないっスか。
作詞と作曲は自分がやってあって、社長も乗り気でほぼほぼ決まりかけてたんスよ。
……決まってないのは八起子の事だけだったっス。
八起子が自信を持てずに真正面から立ち向かえないのであれば、この仕事は流すべきだったと思っていたっスよ」
「あ……」
考えてみたらカラオケ大会の時に褒められても何処かでそれを信じられないでいた。
私の歌なんてちょっと物珍しいだけですぐに飽きられてしまうと考えていた。
今日ナコと会う時も自分が歌を仕事にするなんて事は全く関係のない事だと思っていた。
「私……でいいんですかね?
才能がある人は他にもいるんじゃ……」
「何度でも言うけど八起子以上に才能がある人は見た事がないっスよ」
「歌を仕事にする人なんてブラウン管の向こう側の世界だとばっかり……」
「今は自分も八起子もモニターの向こう側の人間じゃないっスか」
「ナコのおかげで少しは自信が持てた……けど、私にそんな大それた事をやってのける勇気が出ないの」
「1人だったらでしょ?
このプロジェクトには社長がいてスタッフがいて専門の人がいる。
何よりも私が八起子の側にずっといるよ」
「仕事があるのに?」
「あははははは!!」
八起子が尋ねるとナコは笑った。
心の底から大笑いした。
ひとしきり笑って涙まで出てきた目元を拭いながら彼女は告げる。
「仕事辞めちゃった」
「え!?」
それは八起子にとっては衝撃のニュースであった。
出会ってからずっとナコはバイトと配信を忙しそうにやっていた。
コラボで時間取らなくてはいけない時は時間をずらしたり遅刻の連絡をして参加していたほどにバイトに力を入れていた。
彼女曰く自分がいないと店が潰れてしまうからだと……そう言いながらバイトも楽しそうにこなしていたナコに減らしたら?なんて気軽に言えなかった。
そんなナコがバイトを辞めたと言うのだ。
その理由は聞くまでもない……八起子と一緒に曲を作りたいからだ。
「ナコがバイト辞める決意をするほどに私の才能に入れ込んだってこと?」
「そう言う事っスよ。
退路を断っているから協力して欲しいっス」
「ふふ……分かった。
音楽はやる。曲も作る……だってナコがバイト辞めるくらいだもんね」
「え?今までの説得よりも自分がバイト辞めるほどに才能に惚れ込んだって言った方が効果的だったってことっスか?」
「だってあのバイト戦士のナコが辞めるって言うんだもん。
そんなのどんなプロポーズにも負けないくらいの口説き文句だよ」
「まぁ……自分でも正直辞める日が来るなんて思ってなかったっスからね。
でも、その甲斐はあったっスよ。
八起子が引き受けてくれた上に敬語もやめてくれたっスからね」
「そういえば……衝撃的過ぎたからかな?
ナコはこっちの方がいいの?」
「同期なのに敬語使われるとかむず痒いっスよ。
自分のは口癖みたいなもんっスから逆に意識しないと普通に喋れないけどね」
ナコの言葉に八起子は思わずと言った感じで笑う。
「ふふ……今のは無理して意識したんだ」
「そうっスよ。
だから自分はこれで勘弁してほしいっス」
「いいよ。
それじゃ、これからは同期じゃなくてパートナーとして……よろしくね」
八起子はそう言ってナコに手を差し出す。
「こちらこそっスよ。
自分たちはこれから一心同体っス」
ナコはその手を掴んで固く握手を交わした。
この日、後に絶大な支持を受ける二人組のユニット『FF』が誕生した。
テレビアニメの主題歌にも使われる程に人気を博するのだが……それはまだ先の話である。
FFはFlowers in full bloom(花満開)の略称です。