ナコと八起子の上野デート 3
「私がこんな人前で歌うなんて無理ですよ……」
八起子に誘われたナコではあるが自信の無さからシュンと縮こまって拒否する。
「何言ってんスか。
八起子は自分が見てきた中で一番歌が上手いっス。
それは私だけじゃなくてユウマオを始めとする多数の先輩も同意してくれたっス。
八起子が自分自身を信じられなくても、ウチや先輩達のことは信じて欲しいっス」
「先輩やナコを信じる……」
その言葉を聞いた瞬間に先ほどまで光を失っていた眼に光が灯る。
「大丈夫そうっスね。
じゃあ、どんどんいいイクッスよ!!」
こうして始まったセッションであるがここまでナコのパーカションを聞いていた人達が、横で拍手していた女性に声をかけて歌わせると言う流れになった時に皆が驚愕した。
この場にで演奏や芸を披露する者達にはある種のオーラがある。
目立ってやろう。
上にのし上がってやろう。
一番は自分だ。
これらの感情が表に闘争心として現れていたのだ。
だが、八起子は違う。
純粋に演奏を楽しんでおり、時折親しげにナコと話すことから周りの人達はナコのスケジュール管理をしているマネージャー兼ファンだと思い込んでいたのだ。
そんな無関係だと思っていた女性が歌う……それもマイクやスピーカーは無くアカペラでだ。
記念に歌わせるだけみたいだし一曲ぐらい大人しく聴いてやろう……集まった人々はそのような心構えだったに違いない。
中にはソロ演奏は終わりかと席を立つものまで現れた。
だが……ナコが勇気を出して歌い出した瞬間に場の空気は一変する。
マイクを通さなくても圧倒される声量。
独自のアレンジながら外さない音の出し方。
何よりも先程までオドオドしていた少女とは思えない堂々とした歌い方。
その全てが人々の歩みを止め視線を集めた。
「……ふぅ」
一曲を歌いきり一息ついた八起子に待っていたのは大歓声と拍手の嵐であった。
「え?ええ!?」
「どうっスか?
これだけの人達の心を動かせるのが八起子の力なんスよ。
これでもまだ自信が持てないって言うならまだやるっスか?」
ナコがそう尋ねるが、周囲はアンコールアンコールと歌うのをせがむために歌わなければ収拾がつきそうにない。
八起子はなし崩し的にそれから1時間歌う事になったのだった。
♢ ♢ ♢
「どうして私に歌わせたんですか?」
八起子がナコに尋ねる。
「八起子は自分が会った中で一番すごいと圧倒された人だったから。
だから……一緒に演奏することで自信を持って欲しかった」
いつもの後輩キャラじゃない……ナコの初めて見る素の物言いに八起子は驚いた。
それと同時にそれだけ彼女が真剣だったことも分かる。
「私は……今でも自分のことは信じられません。
でも、私を信じてくれる先輩……何より同期であるナコの事は誰よりも信じています。
だから、1人では無理だけどナコと一緒なら自信を持てるかもしれません」
「それじゃこれからも一緒に音楽やってくれる?」
ナコの問いに八起子は少しだけ目を閉じる。
様々な葛藤が彼女の中を駆け巡るが結局のところ答えは決まっていた。
「一緒にやるよ……ううん。
私も一緒にやっていきたい」
その言葉にナコは満面の笑顔を浮かべた。
「じゃあ、ユニットを組んでくれるんだね?」
「……うん、よろしくお願いします」
八起子の言葉を聞いたナコはスマホを取り出してどこかに電話をかけ始めた。