過去の残滓〜マオ〜
妾は物心ついた時から1人じゃった。
じゃが、産んでくれた両親が残してくれたものなのかは分からぬが、生活に必要なものは全て揃っておった。
家、食料、井戸、畑、種などなど食べることに困る事はなかった。
そして一番の収穫は家の横にある大図書館と言って良いほどの書物が納められた倉庫じゃった。
妾は畑を耕し、井戸を汲み、そして本を読む。
ひたすらにその生活を繰り返しておった。
ある日気になる文献を見つけた。
それは人間についていった事で本来ではあり得ないほどに強くなった魔物の話であった。
妾達魔族は産まれた時に持っていた力が全てである。
それは絶対に上下しないものとして捉えており、力至上主義の原点とも言えた。
じゃが、その文献に書かれていることが本当なら妾達はもっと強くなれるということじゃ。
その日から妾はそこに書かれている方法を試した。
と言うても一番の問題は意識の改革らしく自分を魔物ではなく1つの生物として見ることが肝要らしい。、
そうして意識を変える生活を進めた時、ある日それは訪れた。
ずっと纏わり付いていて自分は魔物の一部であると言う考えがスッと抜けたのだ。
その瞬間に視界は開け、思考はクリアとなり、長い呪縛が解かれたような気分じゃった。
これが妾が100歳の時の話じゃ。
その後も修行を己に施し魔力を高め力を強めるトレーニングをしていく。
時折この縄張りに侵入してくる者もいたが全員返り討ちにしてやったのじゃ。
そうして年月がさらに過ぎ、妾が280歳になった時にそれは突如現れた。
妾に黒い光が降り注ぎ右手の甲に印が浮かんだ。
それは魔王の証。
魔族の中でもある一定の強さに至ったものにしか現れぬ頂点の証である。
なぜ妾が?
と思わぬでもなかったが、すぐに迎えがきて妾は魔王城に案内された。
城では殆どのものが敬服していたが一部の者は納得できずに妾に襲いかかってきた。
それらを全て一撃で粉砕し(殺してはおらぬよ)妾は玉座に就いた。
ここで妾は魔王国の現状を知ったのだがまさに無法地帯じゃった。
しかし、魔族の良いところは力絶対主義で強いものには逆らわないこと。
それを利用して妾は魔国の改革を行った。
食料の普及率を上げ、治安を回復させ魔族が暮らしやすいようにしていったのじゃ。
改革が進むたびに妾の方針に心から賛同する者も現れた。
こうして人々の生活が豊かになり安定する事で魔族全体の力の向上に繋がったからじゃ。
こうなると今までは力による上下関係しかなかった魔族にも友情を持つものが出てくる。
ある日妾は部下たちが今夜は飲みに行こうと言う話をしているのを見かけた。
妾もお酒は大好きじゃ。
いつも1人で飲んでおるのが当たり前だったのじゃが、その時は寂しさを感じてしまった。
妾は秘書を務めてくれている魔族を誘ってみた。
しかし、魔王様と対等に飲むなど畏れ多いと断られてしもうた。
四天王という役職の者たちも同様じゃった。
とても寂しかった。
遥か高みにいるせいで誰も妾の横に並んでくれぬ。
妾がそこまで降りていこうとしても拒否される。
妾はこの時初めて対等な友が欲しいと願ったのじゃ。
目を覚ます。
異世界に来てからいつも寝泊まりしている見慣れた天井。
隣には寝息を立てて眠るユウの姿。
それは妾が心から願った対等な友達。
妾が願ったものがそこに確かに存在していた。
更に先日、事務所の先輩から飲みながら配信しようと誘われて飲み友達も出来そうじゃ。
魔国の部下達の事は気がかりであるし忘れる事は出来ない。
しかし、どちらかを選べと言われたら妾は間違いなく今の生活を選ぶじゃろう。
だから、これは妾の過去の残滓が見せた夢なのじゃろう。
妾の300年の生で今が一番幸せなのだから。