過去の残滓 〜ユウ〜
ユウの独白です。
僕は産まれた時から勇者として育てられた。
毎日朝から晩まで続く厳しい修行。
そして勇者としての心構えと生き方を説く授業。
更に勇者という立場での特別扱い。
そのどれもが自分と村の子供たちを分け隔てるものであり、お互いに立場が全く違う生き物だということを否応なしに自覚させた。
その為に僕には友達と呼べるものが1人もいなかった。
そんな僕にも一年に一度だけ勇者から逃げられる日があった。
それは村のお祭りだ。
収穫を祝うお祭りには上も下もなく、誰もが平等であると考えられていた。
そこで平等さを保つ為にお祭りではお面をつけての参加が義務付けられていた。
このお祭りの間だけは僕は勇者ではなく、お面を付けた村の子供になれたのだった。
ある年、地面に座り込んで泣いている女の子を見かけた。
狐のお面を付けた少女は転んで足をくじいてしまったらしい。
僕はその子に近づくと回復魔法をかけてあげた。
効果は絶大ですぐに足の痛みは無くなり、女の子は元気に歩けるようになった。
その子はお礼がしたいと言って僕の手を掴み、なし崩しにお祭りを一緒に見て回った。
僕はその時初めて楽しいという感情を知った。
お祭りが終わり、別れ際に彼女は村の中でまた会えるか聞いてきた。
僕は勇者で、彼女がそれを知ればきっと怖がってしまう。
咄嗟に親に祭りに連れてきてもらった違う村の子供だから会えない。
だけど来年もまた来るから同じお面を被ってここで待ち合わせしようと約束した。
彼女は絶対にまた来年会おうねと言って去っていった。
僕はこの日初めて、楽しいという感情と寂しいという感情。
更にはじめての嘘と罪悪感を知った。
次の年、約束通りに去年と同じお面を被っていくと彼女も去年のままの姿で現れた。
一年ぶりに会うはずなのに僕たちは昔からの知り合いのように打ち解け仲良くなっていた。
彼女は去年と同じようにまた来年会える?と聞き、僕はもちろんだよと返した。
そうして毎年、1日だけ彼女と会い、遊び、別れた。
この頃には嘘をついた罪悪感もなくなり、彼女はきっと僕が勇者であることを気にしないで仲良くしてくれるだろうと思っていた。
勇者として旅立つ2ヶ月前にもその祭りが行われた。
また彼女と一日遊び、そして別れの時。
いつも通りにまた会えるか聞いてきた彼女に僕は初めて首を振り、来年は会えないと伝えた。
彼女は悲しそうな声でその次の年は?と聞くが、分からないと頭を振る。
何処か遠くに行ってしまうの?と問いかける彼女に頷く。
そして、僕は彼女の前で初めてお面を取った。
僕は勇者だからみんなを守る為に旅に出なければいけないと彼女に言った。
僕は彼女が自分のことを受け入れていつかの再会を約束しようと考えていた。
そんな僕の甘い考えは粉々に打ち砕かれた。
僕の正体を知った彼女が真っ先に行ったのは土下座だった。
勇者様とは知らずに沢山の無礼を働き申し訳ありません。
と泣きながら謝ってきたのだ。
そしてどう声をかけていいか分からない僕に
二度と会いたいなどという分不相応な事は申しませんのでお許しください!
と泣きながら逃げてしまった。
1人残された僕はあの日、嘘をついたことを後悔していた。
あの時正直に話していれば、僕も彼女もこんなに傷つくことは無かったのかもしれない。
僕は数年ごしに罰を受け、嘘をつくということがどれだけ悪いことなのかを知った。
それと同時に僕は魔王を倒そうと心に強く誓った。
魔王がいるから勇者がいるなら、魔王を倒せば勇者はいなくて良いはずだ。
だから魔王を倒して普通の女の子に戻ろうと。
そんなに単純な話では無かったろうに。
時が経ち僕は今、あの頃のようにお面を被って活動している。
でも、あの時と違うのは被っているお面は僕の顔そのままということだ。
そして、隣村の子供ではなく勇者だと嘘をつかずに名乗っている。
画面の向こうにいる人たちはそんな僕のことを受け入れて普通の女の子として扱ってくれる。
そして、隣には無二の親友であるマオがいつも側に居てくれる。
あの時に誓った魔王を倒すという目的は達することができなかった。
でも、その魔王のマオと最高のパートナーになり、異世界に来て普通の女の子になりたいという願いも叶ってしまった。
だから、これは過去の残滓。
この世界に来た時に付いてきた向こうの世界の思い出の残りカス。
忘れることはできないけれど、その思い出に引っ張られることはない。
だって、僕はいま幸せなのだから。