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#4「二度目の夜」

 午前3時1分。夜の世界に、名津稀はいた。


「カンナさん、交代だそうです。お疲れ様でした」


「おっ、なっちゃんさんとナツキさん! じゃああとはお願いしますね」


 夜空の下、月に照らされた街で、名津稀とナツキ、そしてカンナは落ち合った三人ともジャージ姿だが、カンナは戦闘の時のみジャージに着替えている。名津稀はそれ以外に着替えがないから。そしてナツキはジャージ狂いの女だからだ。


 基地の方へ帰っていくカンナを見送りながら、名津稀は口を開いた。


「基地の方で見てたけど……カンナさん、まさか生身でカゲクイと戦ってたなんて……」


「あはは、凄いよね。ウツシミを持ってないから最初は戦うなってマスターに言われたんだけど、勝手に外出て戦果を上げて以来、うちの主力だから」


「剛健だなぁ……」


 基地で中継カメラ越しに見た、カゲクイをぶっ飛ばしぶん投げ蹴っ飛ばすカンナの姿を思い出しながら、名津稀は言った。


「でもカンナさん、ちょっと腕すりむいてたね……やっぱり結構大変なんだ」


「なっちゃん、怪我したら泣いちゃいそう」


「な、泣かないよ! 多分……」


「にしても、マスター許可出してくれて良かったね。なっちゃんがウツシミ持ってるって言ったら驚いてたけど」


「うん。でもちょっと心配してたし……やっぱり、今日は怪我しないで帰らないとだね」


「3時までがカンナさんの仕事。あたしたちはこっから3時間。準備いい? なっちゃん」


「3時間かぁ……いつもそんな長い時間、みんなを守ってるんだね。ナツキさん」


「普段はもう1人仲間がいるからもうちょっと楽なんだけど……今だけ別行動してるから、ちょっと大変かな。だからその分、なっちゃんに頑張ってほしいかなぁ」


「う、うん……頑張ってみる」


「よし。行こっか」


 ナツキが名津稀の肩を叩いて、2人は歩きだした。


 緊張するけど、肩が震えるけれど。


「…………」


 ふと横を見ると、頼もしい人が隣にいる。


 名津稀にとって、初めての経験だった。






 夜風が心地いい──本人も驚くほど名津稀の心は落ち着いていて、彼女はそんなことを思っていた。


『……あー、あー。聞こえるか、なっちゃん』


 ジャージの上から巻いたベルトにはめられた機械から、声がした。トモコの声だ。名津稀は機械、もとい黒い通信機を引き抜いた。


「はい。聞こえます」


「こっちも聞こえるよー」


 名津稀が返事をするのと同時に、同じ電波を受信していたナツキの方も、自分の通信機で返事した。名津稀の通信機は家電話の受話器のような形態だが、ナツキはスマホのような見た目の小さい通信機を握っている。


『悪いな、なっちゃんはしばらく予備の旧型で我慢してくれ。少し邪魔だろうが……』


「大丈夫です。トモコさんの自作なんて、すごいですね」


『まあ、戦闘力のない私はそのぐらいしかやれることが無いしな。どうだ、二度目の夜景は?』


 トモコなりに名津稀の緊張をほぐそうとしたのだろう。そんな話題を持ち出した。


「なんていうか……意外でした。言い方悪いかもしれないけど、もっとこう……荒れ果てちゃってると思ってましたから」


 そう言いながら名津稀は、夜の街を歩きながら眺めていた。家々が立ち並び、少し荒れているが道路もあり、店も所々に立ち並んでいる(今はもちろん閉められているが)。


 元の世界と大して変わらない街並みを見ていると、本当にカゲクイがまた現れるのかと疑心を抱いてしまうほどに、普通にして平和であった。


 ただ一つだけ気になるのは、どの建物も重厚感のある鉄のシャッターを閉めていることだ。きっとそれほどにカゲクイの存在は危険で恐ろしいのだろう。


「でも、いい街だと思います」


『ありがとう。色々忙しくなければ、街の人たちに会わせてやったんだけどな……顔も見たことない奴らを守れって言われるより、そっちの方が良かっただろ?』


「いえ。皆さんみたいな優しい人たちがたくさん家の中にいるって思ったら、私頑張れますから」


『そっか……っと、2人とも』


 トモコは声のトーンを低くして言った。


『東に200メートル、街外れに怪物の反応あり。急いで向かってくれ』


「はいっ!」


「あいよ!」






 街外れ。そこに家屋は無く、かわりにガレキがそこらじゅうに溢れて海のようになっている。2人が出会ったあの場所に似ていた。


「はぁ、はぁ……」


「大丈夫? なっちゃん」


「う……うん。ちょっと苦しいけど……あんまり疲れ感じない」


「凄いでしょ、マスターがくれた薬? 栄養剤だから副作用とか無いよ、心配しないで」


「うん……何でも作れちゃうんだね、トモコさん」


『お褒めに預かり恐悦至極。2人とも、来るぞ』


「了解」


「は、はいっ」


 2人は正面、ガレキの先を見据える。


「見ててよなっちゃん。昨日みたいに地を這って出てくるのはレアケース。カゲクイはほんとは……あんな風に出てくるんだ」


「…………!」


 2人が見据える先の空間に、グォォォン、と音を立てて黒い穴が現れた。小さなブラックホールのように見える、真っ黒で不気味な穴。この世界は月が明るくて夜も辺りがよく見えるが、それでもその穴だけは真っ黒であった。


 そして、穴から突如何かが飛び出した。揺れ動き、蠢き、前進してその姿をどんどん現していく。


 それは腕であった。真っ黒な腕。続いて、穴からはもう片方の腕が、足が、胴が。そして頭も、穴から顔を出した。


「あれが……カゲクイ」


 奴がついに、彼女らの前に現れた。黒い狼。そういうのが最も適切だろう。牙までも純黒に染まりきっているのが、普通の狼と違っていたのだが。昨晩見たカゲクイと同じような血走った目をぐるぐると回しながら、よだれを垂らしている。


「なっちゃん、怖い?」


「……うん。正直にいうと、なんで昨日あんなに戦えたのかわかんない。そのぐらい……怖い。ごめん」


「謝ることじゃないよ。じゃ、下がってて」


 ナツキはそう言って名津稀の前に立ち、彼女と怪物の間に陣取った。


「ウツシミのあの銃は取り出しといてね。何かあったときのために」


「う、うん……って、取り出すって……?」


「夕方、訓練したでしょ?」


「あ、そっか……」


 トモコに入隊許可を得た後、名津稀はブリーフィングと簡単な訓練を受けていた。その一つが、カゲクイに立ち向かう力たる"ウツシミ"を自由自在に発動する訓練。


「……全身の力を抜く。そのまま、右手にだけ力を入れる。そして……」


 訓練でナツキに教えられた言葉を、名津稀はそのまま繰り返した。そしてグーにした右手を目の前に掲げる。


「……そして、こうっ!」


 宙を舞うコインを掴み取る。そんな動作で、名津稀は手を開き、再び強く握った。


「眩しっ……」


 右手が突然赤く輝き、名津稀は思わずそう呟いた。無意識に閉じてしまったまぶたをまた開くと。


「……出来た!」


 その手には、昨日と同じ、赤く光る銀色の拳銃が握られていた。


「上出来。よいしょっと!」


 ナツキは一言褒めると、彼女も右手に力を入れ、名津稀よりもスムーズな動きでウツシミを発動した。


 青く光る剣。んー、今日もあたしかっこいー……そうナツキが呟いていたのを、名津稀は聞き逃していた。


『力は使えたようだな。なっちゃん、ナツキの戦いをよく見ておくんだ』


「は、はいっ」


 メガネをくいっと直して、名津稀は答えた。これまたトモコに戦闘用に改造され、ゴムで頭に固定されて取れにくくなっている。


「さて……来いっ!」


「lhm#1→!!!!」


 ナツキが剣を正面に構えると同時に、狼型のカゲクイは牙を剥いて吠え、走り出した。その目はナツキの首筋を捉え、噛みちぎらんと考えている。


「いい、なっちゃん? 先手必勝って言うけど、基本的に先攻は不利。こうやって──」


「ナツキさんっ!!」


 ナツキが話しているうちに、気づけばカゲクイは距離を詰め、彼女の首筋目掛けてすでに跳躍していた。名津稀が思わず叫んだが、当の本人に焦る様子はない。悲鳴もない。


「……mqzjF$$○_m……!!」


 代わりに、血の吹き出す音だけがしていた。そしてナツキは、いつの間にか剣を振るった後のような体勢になっていた。


「……こうやって、カウンターを喰らうから」


 ナツキがそう言うと同時に、カゲクイは首から鮮血を噴き出して倒れていた。血はペンキのように周囲に飛び散り、音を立てて次々着地する。


「きゃっ……」


「あ、ごめん。血苦手だった?」


「う、ううん……びっくりしただけ。あの……倒したの? この狼」


「うん。首斬ったからね」


「ぜ、全然見えなかった……」


 名津稀からすれば、気がついたら何故かカゲクイが死んでいた。そう認識せざるを得ないほど、目では追いきれない一瞬の出来事であった。


「あたしが教えときたいのは二つ。一つは今言ったけど、"先攻は不利だから、まず相手の出方を伺ってカウンターを入れろ"ってこと。もう一つは、"狙うなら首か腹"ってことかな」


「首か、腹……? 頭か胸じゃないの?」


「あー、人間と戦うならそれが良いらしいね。でも相手は正体不明のカゲクイだから、骨がとんでもなく硬いヤツとかもいるかもしれないしね。だから、骨が小さかったり少なかったりする首と腹を狙うんだ」


 どうかな、ナツキ先生のレクチャーは? 彼女はそう名津稀に尋ねた。


「うん……なんとなくわかった。その……実践できるかは、わかんないけど」


『おいおい、戦う前から自信を無くすなよ。足枷になるぞ?』


「トモコさん……」


 腰の通信機を、名津稀は銃を持たない左手で持ち上げた。


『戦いたい、と言ったのは君だろう?』


「はい……そうですよね。そうなんですけど……今のナツキさんみたいに戦えるかな、って……」


『戦えないぞ?』


「うん。無理だと思うよ?」


「ありがとうございます……ってえぇ!?」


 名津稀は驚愕のあまり、口から言葉をこぼす。完全にフォローしてくれると思いきってしまっていたのだ。


「当たり前じゃん。あたしとなっちゃんじゃ年季が違うんだし」


『ナツキは2年前から今までずっと戦ってきた。対して君はつい昨日から。しかも昨日の戦いのことはあまり覚えてないんだろ? なら実質今日から戦い始めるようなものだ。それでナツキと同じような動きで同じ活躍をするなんて、ハナから無理な話だ』


「そう……ですよね。ごめんなさい」


『ああ、気は落とさなくていい。年季の差の話をしてるのであって、別に君を貶したいわけじゃないんだ』


「マスターが言いたいのはアレだよ、なっちゃん。"今やれるだけのことを頑張れ"とか、そんな感じ」


『お前、馬鹿なのに人の気持ち汲み取るのは上手いんだよな……そういうことだ、なっちゃん。あまり気張らずにやればいい。今日はあくまで、ナツキの補助をしてくれればいいしな』


「ナツキさん……トモコさん……」


「頑張ろうとしてるのは良いけどさ。ゆっくり成長してこうじゃないの」


「……うん。ありがとう」


 名津稀はただそれだけ、感謝を告げた。


『それじゃ、今度はなっちゃんも戦いに参加してみろ。ただし、危なくなったらすぐに下がれ。そしてナツキがしっかり守ってやれ』


「りょーかい」


「今度はってことは……また来てるんですね」


『ああ。左に90度、現れるぞ!』


 2人はすぐさま左を振り向いた。名津稀の心臓の鼓動が高まる。やはりどうやっても緊張は隠せない。だけど、恐れはもうなくなっていた。


(決めたんだ。もう、救いを待ってたりしないって。自分の力で戦うって)


 恐れよりも、決意が優っていた。


「来た……!」


 再び黒い穴が現れ、カゲクイが姿を現した。先ほどの狼と同じだ。


「同じようなカゲクイだね……落ち着いて戦えば勝てるよ」


『ああ…………いや、待て2人とも! 今レーダーでその場所を調べてるんだが……エネルギーの増幅が止まらない……まさか!?』


「え何マスター!? 一人で言ってないで教えてよ!」


『二人とも、一旦距離を取れ! そいつは……そいつらは、一匹じゃない!!』


「え……!?」


 黒い穴から、狼型のカゲクイが身を乗り出して這い出てくる。


「「……!!」」


 その数、推定十体。


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