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#14「さよなら、愛した人」

「先生!!」


 倒れたアラミスの左腕は、食い千切られて消えていた。"腕だった場所"からは、どくどくと血が溢れて止まらない。


『あんた……あの力、なにかを体に纏ってるんじゃなかったのか!? どうして、あんた本体の腕まで──』


「違、う……あれは、カゲクイとの融合……食われたのは、他でもない俺の腕、だ」


 苦しげに、途切れ途切れに、アラミスは言う。


「先生──」


「……っぐ、うお、うあああああっ……!?」


 ナツキが彼に手を伸ばそうとした途端、彼は呻き、そして叫び出した。


『何だ……どうした!? おい、あんた!! おい!!』


「ぐあっ……く、逃げ……俺、は……!!」


「先生!!」「アラミスさん!!」


 ナツキが、名津稀が、叫ぶ。カンナはただ、驚愕しながら苦しむ彼を見る。


「う、うああああっ……うわああああああ!!!!!」


 叫ぶ彼を、闇が包んだ。


『……2人とも、離れろ! カゲクイの反応だ!』


「カゲクイ……!?」


 名津稀は驚きの声を漏らして、黒いオーラに包まれたアラミスを見据える。叫び声を轟かせながら、彼の体が再び巨大化していく。


「そんな……先生!」


「……>n/[[\×#!!!」


 ナツキの声は、奇怪な叫びにかき消されて消えた。カゲクイの声。命を奪う黒き者たちの雄叫び。


(……まさか、カゲクイがアラミスさんを…………!?)


 最悪の事態が、名津稀の脳裏によぎる。負けたのか? 彼の中のカゲクイに喰われてしまったのか?


『なあ……おい、2人とも! どうなってる!? なんでその男がカゲクイになる!?』


「ナツキさん……なっちゃんさん……!?」


 なにも知らない2人は、ただ不安な訴えを口にするしかなかった。さっきまで肩を並べていた人間が、突然敵になった。信じられないと言うよりも、訳が分からない_それが彼女たちの心だった。


「>○¥+|!!!」


「……待って。待ってください、アラミスさん!!」


「\4=〜x-!!!」


 左腕を失った獅子のカゲクイは、右肩から刃を突き出す。名津稀目掛けた攻撃を、彼女は屈んでギリギリかわし、横転して態勢を整えた。


「アラミスさん……そんな……アラミスさん!! 正気に戻って!! アラミスさん!!」


「\*……k$#[xc5!!!」


 雄叫びのような声。響く轟音を上げ、カゲクイは威嚇する。名津稀の声などもはや届いていない、という形相で目を血走らせながら。


「………………」


「ナツキさん……どうしよう……私たち、どうしたら──」


「>7=°/!!」


「……ッ!?」


 名津稀が言い終える前に、カゲクイの叫びがそれを遮った。カゲクイは二本足で人間のように立ち上がると彼女たち目掛けて駆け出し、爪を尖らせた右腕を掲げながら飛び込んでくる。


「ナツキさん!」


「…………」


 狙いはナツキだった。顔を伏せ、動かない彼女の頭めがけて、カゲクイの右腕が強く振り下ろされる。


 避けない。ナツキは、かわさない。名津稀がそう気づいた時には、もう助けに入るのは不可能だった。

 そう、思っていた。






「…………!」


 ナツキは一瞬の動作で、右腕を受け止めていた。


「ナツキさん……!?」


 驚きの声を上げる名津稀の横で、ナツキはぐっと暗く太い腕を両腕で受け止める。


「|〜>>=○u0!!!」


「……大丈夫。先生、あたしのこと見て」


 その顔は、微笑んでいた。


(……そっか。まだ、彼は……)


 名津稀は気付き、そして一歩引いた。助けようとは思わなかった。きっとその必要はないと思った。


「ナツキさんっ……」


「待って。カンナさん」


 助けに入ろうと走ったカンナを、名津稀は呼び止めた。


「でも──」


「お願いします。ちょっと待って。ナツキさんに、任せてくれませんか?」


「……」


 納得が行かなそうな表情のカンナは、しかしひとまず引き下がってくれた。ごめんなさい、と一言言って、名津稀も2人を後ろから見守った。


「大丈夫です。あの2人は、きっと」






『ササナエ・ナツキ……いい名前だよな』


『カゲクイが怖いのか? 心配するな。お前は傷つかない。俺が必ず守る』


『抗うことだけ忘れるな。どんなに辛いことがあっても、どんなに悲しいことがあっても、抗え。何があっても戦って、何度でも立ち上がって、強く生きるしかないんだよ……それは、人間に唯一出来ることで、人間にしかできないことだ』


『……ナツキ。俺はな──』






「…………ナ、ツキ?」


 カゲクイが、言った。


「……人の、言葉を……?」


「……アラミスさん」


 驚愕するカンナの隣で、名津稀は安堵していた。


「うん。ナツキ。あたし、ここにいるよ」


「ナツキ……ナツ、キ…………俺……俺、は……」


 カゲクイは言う。歪な声で。大切なその名を。


 彼の右腕にはもう、力が入っていなかった。腕を下ろして、その代わりに、その目から真心が溢れていた。


『泣いてるのか……カゲクイが……?』


「きっと、いるんです。あそこに、アラミスさんが」


 カンナが名津稀に語った、"本物の絆"の話。その絆はあの2人の間にも必ずあると、名津稀は確信していた。その兆しが見えた。だから、信じて待ったのだ。


「ナツ、キ…………」


 カゲクイは_アラミスは、何度もその名を呼ぶ。その度に、うん、うん、と、そう頷くナツキがいた。


「先生……ごめん。あたし、寂しかった。先生が急にいなくなって、寂しくて、悲しくて……だから、また会えて嬉しくて。だけど……また離れ離れになるから、悲しくて。受け入れられなくて。酷いこと言っちゃったよね」


「…………」


「あなたともっと一緒にいたかった。でも、夢はもうすぐおしまいなんだよね」


 曇り空が裂ける。柔らかな日が、2人を照らし出す。

「……アラミスさんの、影が……」


 名津稀は呟いた。アラミスの体が消えている。ほんの少しずつ、黒い体が光に包まれて溶けるように消滅している。


 時間なのだ。


「思っちゃったんだ。二度も別れなきゃいけないなら、なんであたしたちは出会ったんだろうって。それなら出会わない方が、幸せだったんじゃないかって。だって……こんなに辛いんだもん」


 ゆっくりと話すナツキの声は、震えていた。


「……でもね、今ならそうじゃないって分かるんだ。あたしの今までは、あなたと別れるためじゃなくて、出会うためにあったんだって。別れる悲しみを忘れちゃうぐらいに、出会えた喜びを抱きしめて、大事に育てればいいんだって分かるんだ」


「…………ナツキ。ナツキ」


 カゲクイの体が消えていく。頭が消える。四肢が消える。胴体が消える。夜が晴れるように、全てが消えて無くなる。


 そして、"彼"が最後に残った。涙を流す、"彼"が。

「……ナツキ」


「だから、言わせて」


 ナツキは濡れた頬を拭って、顔を上げる。


 息を吸う。唇が動く。心を、声にして解き放つ。


「……先生。あたし、あなたが大好きでした。ずっと愛してました」


 精一杯の笑みで、言った。


「死んだって、屍になったって……何があったって変わらない。他の誰でもない。アラミス……あなたを、愛しています」


「…………!!」


 堪え切れない涙を零す彼女を、アラミスはぐっと抱きしめた。片腕しか無くても決して離さないように、ぐっと。


 人間の体も少しずつ消えていくのを、彼自身感じていた。悲しい。辛い。心苦しい。


「…………俺も」


 だけど、震える声を絞り出して、言う。それ以上に嬉しいから。


「俺も、大好きだったさ。お前が」


 微笑み返して、ナツキにそう言った。


「…………ははっ。両思いじゃん」


「らしいな」


 抱きしめ合う2人の、涙が重なって落ちる。心が重なる。2人でひとつになる。


「……はい、これ」


「……?」


 いつの間にか首に何か付けられた気がして、アラミスは首元を触った。石のような何かが手に当たった。


「…………ペンダント?」


「プレゼント。渡せなかったから、あの日」


 青い石のペンダント。あの日から眠り続けた、ナツキの心。時を超えて、ようやく繋がった思いの結晶。


「……ありがとう。だが、貰ってしまったな」


「?」


「いや……最期は。別れの時は、俺が何か贈り物をしてやろうと思ってた。こっちが貰って終わってしまうなと、そう思っただけだ」


「……大丈夫」


 ナツキは右手を握り締めた。形にはしなくとも感じる。相棒を。青い剣を。彼がくれた、贈り物を。


「大切な物、先生にいっぱい貰ったから」


 生きる力。守る力。仲間。そして、心の中の宝物──。


「そうか。意味はあったらしいな、俺の一生にも」


「何それ。あるに決まってんじゃん」


 足が消える。体が消える。もうじき、彼はいなくなる。


「……さよならだな」


「……うん」


 だけど、寂しくはない。繋がっているから──ナツキは、そう思った。彼もきっと同じ気持ちだと、そう信じた。


「……ねえ。最後に一つ、聞いていい?」


「奇遇だな。俺も聞きたいことがある」


 2人は口を開き、息を吸った。


 言葉を放った。






「「──私と会えて、幸せでしたか?」」






 鳥の声がする。青空が夕焼けに変わっていく。街に戻ってきた人々の声が聞こえる。


「……うん。当たり前じゃん」


 ナツキは独り、呟いた。


「さよなら……ありがとう。あたしが、永遠に恋する人」


 溢れる涙さえ、愛しいと感じながら。

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