#13「命、六発」
「……先生」
ナツキは呟いた。金髪、黒いローブ。虚空を映すような目。助けに現れたのは、アラミスであった。
「あなたは、さっきの……」
カンナは思い出して呟く。彼女の方を見てアラミスは頷いた。
『待てよナツキ、"先生"って確か』
通信機から聞こえるトモコの声に、ナツキはうん、と答えた。
「そう。ずっと前に死んだ、あたしの先生……アラミス」
「亡くなったって……え!? だって、目の前に──」
「気持ちは分かる」
驚くカンナの言葉を、アラミスは手で制して遮った。
『……それに、さっきの力は……』
「話すと長くなる。今は奴をなんとかしよう。忌まわしきあのカゲクイを」
アラミスは後ろを振り返り、カゲクイを見据える。
「アラミスさん……? あのカゲクイを知ってるんですか?」
「ああ。俺を喰らい、今融合しているカゲクイと、俺を実際に殺したカゲクイは別個体だ。そして──」
アラミスは拳を握り、カゲクイを睨みつけた。
「……俺を殺した張本人こそ、あのカゲクイだ」
まさか、ここで会うとは思わなかったがな──アラミスはそう付け足した。
「あれが、アラミスさんを……」
「口の中を狙う、と話していたな。それで正解だ。生前戦った時、死ぬ前に俺が唯一奴に攻撃を通せた箇所が、口の中だった。君の銃弾ならきっと重いダメージになる」
『……や、待て。ちょっと待てよ』
冷静に説いたアラミスに、トモコは焦って食いついた。
『勝手にことを進めるな。死人がなんでこんな所に出て来る? 悪いがあんたは信用できない』
鋭い剣幕で、トモコが言い放つ。全て戦う彼女らを思っての言葉なのだと、三人とも分かっていた。アラミスがそれを悟れたかは定かではないが。
「今はそうも言っていられないだろ。見ろ、今にも奴はまた襲いかかって来る。頼む、俺と──」
『駄目だ! みんな、いいからすぐ──』
「待って、マスター」
通信機からする声に、ナツキが呼びかけた。
「ナツキ──」
「倒せんの?」
アラミスの反応を遮るように、彼女は言葉を重ねた。
「内側から攻撃すれば、倒せるの?」
「……分からない。だが、可能性は高い」
「ふーん。ねえ、マスター」
ナツキが、カンナの持つ通信機に話しかけた。
「………………信じて、くれないかな。あたしの大切な人のこと」
「!」
驚いた顔のアラミスを見て、ニヤッとナツキは笑うのだった。
「心配してくれてありがと。でも、あたしは1人でもやるよ。この人と一緒に」
「ナツキ……」
「ナツキさん。私も、力になるよ」
名津稀が言うと、ナツキは少しホッとしたように彼女を見るのだった。
「トモコさん。絶対無事に帰ってきますから、心配しないでください」
ナツキに続いて、名津稀も手元の通信機にそう言った。
『…………』
「トモコさん。拙者たち、"ワルキューレ"じゃないですか」
カンナが言う。自分たちはただの少女じゃない。少女である以前に、弱い者を守るため立ち上がった"戦乙女"なのだ、と。
『…………あー、分かった! おいお前……何だっけ……あー、アラミス! その子らに何かあったら許さないからな!』
「……フッ。分かった、肝に銘じておくよ」
アラミスは笑みを浮かべて答えた。
『分かった。戦い方はそっちに任せる。ただ、一つだけ命令だ』
──絶対三人でまた帰ってこい。その言葉には、温かみがあった。
「あいよ!」「お任せあれ!」
名津稀は息を吸い、口を開く。
「はい!!」
「来るぞ……!」
返事の直後、アラミスが言う。タイミングを待っていたかのように、カゲクイは丁度戦闘体勢を整えて牙を剥き出しにしていた。
「€/=+>--!!」
呻きのような叫びのような、聞き取れない声とともに、カゲクイは再びの突進を仕掛ける。
「はああああぁぁぁ……!!」
アラミスの体から飛び出す。黒い刃。黒い剣。黒い光。刃を全身に生やした獅子のようなフォルム。体をカゲクイに近い状態に黒く巨大化させた彼は、正面に立って大蛇を迎え撃つ。
「>○|w^>!!!」
「なっ……!?」
だが予想とは裏腹に、今度はカゲクイは体を器用にくねらせ、そして飛び跳ねた。
「上か!」
空中から降って来る数トンはありそうな巨大を、アラミスは全身で受け止める。衝撃で地面のコンクリートが砕けヒビが入り、名津稀たちは危うくバランスを崩しかけた。
「ぐっ……俺とナツキ、それから緑髪の君の三人でコイツをなんとか抑える! その隙に、名津稀……眼鏡の方の名津稀! 君の銃弾をコイツの口内に撃ち込んでくれ! それでいいか!?」
「は、はいっ!」
名津稀は返事を返す。
「なるほど……じゃあ行きますか、ナツキさん」
屈伸を一つ挟んで、カンナも戦闘モードに再び入ろうとする。
「カンナさんも、信じてくれるんだね」
「ええ! 正直説明が足りなくてよく分かってませんが……ナツキさんが信じてる人ですから!」
カンナはそう言って笑った。ただ純粋で、真っ直ぐな笑いだ。
「そっか。ありがと」
ナツキはそう言って、右手を掲げる。
「……来て」
右手に剣を作り出し、握り締めた。アラミスがくれた力。彼との絆と、思い出。
「ナツキさん!」
「うん!」
2人は走り出す。カンナは右へ。ナツキは左へ。
「ぐっ……」
「\○=〜9!!!」
力負けし、カゲクイの牙を押し込まれそうなアラミスの真横から、カンナが全力疾走して飛び出した。跳躍し、カゲクイの顔目掛けて跳躍する。
「どりゃあああああっ!!」
カンナは、カゲクイの頬目掛けて思い切り蹴りを撃ち込んだ。速度は鞭で威力は鉄塊。ダメージは通らずとも、カゲクイはその一撃で吹き飛ばされる。
「平気ですか?」
「くっ……すまない。助かった」
アラミスはそう言って、カゲクイが吹き飛んだ方を見据える。
「〜-=「ot9¥!!!」
壁に叩きつけられ、家家を破壊しながら、カゲクイは叫び声を上げる。その巨大に向かって疾走する影があった。
「ナツキさん……と、なっちゃんさん!?」
走るナツキの斜め後ろには、銃を構えた名津稀がいた。
衝撃を受けてわずかに口を開いたカゲクイの顔目掛けて、照準を合わせる名津稀が。
バァンッ! 銃声が響き、誰よりも速い鉄の弾が飛んでいく。二発、三発。ナツキに当たらない角度から撃ち込んだ弾丸は、しかしわずかに口内に届かず、鼻や顎をかすめて遥か先へ消えていく。
「当たらない……!」
「焦らない! ちょっと待ってて!」
ナツキは前から彼女にそう呼びかけ、一層スピードを上げて走る。起き上がろうとするカゲクイのその目を狙って剣を突き立てようとした。
「……ッ」
だが、わずかに間に合わない。巨体の割には器用に身を翻すカゲクイは、彼女の一撃をするりとかわして起き上がった。
「>9/》)€|!!!」
身を引こうとする彼女を追うように、素早くカゲクイが次の一撃を放つ。敵の武器は突進だけだ。だが、それは迅雷にして剛健。不器用だが最強。単調でも、当たればひとたまりもない。
「……!」
そう分かっていても、突っ込んでから身を引いたナツキは回避の余裕がなかった。彼女の首目掛けて、死の牙が迫る。
「ナツキ!!」
走り出したのは、黒い巨体。
「ぐおおおおおっ……!!」
アラミスであった。上の牙を左腕で無理やり受け止め、下の牙は足で踏んで地面に擦りつける。だが、牙が黒い足を貫き、血がどくどくと流れていた。カゲクイの口は彼の間近に近づき、その舌と吐息は彼を包み取って今にも喰らわんとするほどだ。一度死んだ彼でも、再び死の危険と恐怖を自然と感じてしまっていた。
「先生!」
「ぐっ……はあああああああっ!!!」
だが、闘志はそれに勝っていた。アラミスは叫ぶ。黒い刃が彼の全身から飛び出し、四方に拡散する。鋭く光って貫く。肉を引き裂く。下顎の内側全体に4本突き刺さった黒い刃は、カゲクイを地面に固定して離さんとした。
カゲクイの上の牙が、アラミスの左腕を噛み砕いた。
「……!!」
「アラミスさん……!」
「くっ……ぐおっ……!!」
左肩を砕く。左胸に突き刺さる。そこまでされても、アラミスは抵抗し続けた。喰らい付いて、かつての宿敵に食らいつこうと必死に足掻いた。
『なっちゃん! 今だ、行け!』
「はい!」
名津稀は銃を構えて走る。カゲクイの口内に意を決して飛び込み、よだれで濡れた舌の上に仰向けになる。同時に、引き金を引いた。
ザシュッ!
「……g.5°$.>*^:!!! ytf#.1[》/<!!!!!」
血が噴き出す。カゲクイが叫ぶ。遂に、鋼鉄の大蛇に攻撃が通った。
「倒す……ここで!!」
名津稀は言い放ち、撃つ。二発。三発。上の歯茎、則ち脳の真下。ここから脳を貫いて、倒す。勝機はきっとここしかない。
三発の弾丸は全て歯茎に突き刺さり、血が噴き出す出した。だが、止めにはまだ至らない。
(これで、また弾切れ……!)
「=〜6¥-°,/!!!!!」
カゲクイが叫ぶ。至近距離で響く轟音に、耳が裂けそうになる。それでも名津稀は必死になって、マガジンを抜いて装填を試みた。今噴き出したあの血で、充填を_
「|○°〜6-=$!!!!!!」
カゲクイが叫び、暴れる。顎は固定しても、その後ろは自由のままだ。下の根本が暴れ回り、名津稀を転がす。
「うあっ……!?」
寝転んだ姿勢の名津稀は、すぐには対応できなかった。体が滑り落ちる。流れていく。食道へ、胃へ、滑り落ちてしまう。
「……っ!」
とっさに左手で掴んだのは、黒い刃──アラミスの刃であった。
「痛っ……」
握りしめるだけで痛い。指の皮が切れて、血が流れる。当然だ、掴んでいるのは刃物だ。
「だけど……これで!」
刃と一緒に左手に握ったマガジンに、装填されていく。名津稀の血が。命の弾丸が。
「名津稀!!」
彼女の名を叫ぶアラミスの刃に、それを掴む左手に、銃を持つ右手を伸ばす。そして──
「なっ……!?」
左手を、離した。
「………………」
集中。時間が遅く流れる世界。銃にマガジンを入れる。照準を合わせる。撃つ。撃つたびに、体は下へ滑り落ちていく。だから、照準はどんどん上げろ。撃て。撃て。撃て。撃て。
「…………撃て!!」
引き金が引かれた。
六発目は、鈍い音を立てて頭骨を貫いた。
脳を、裂いた。
「…………○=u|4→]!!!!!!!」
カゲクイが、最大級の叫びを_断末魔を挙げた。
「ぐわっ……!」
「きゃっ……!?」
アラミスと名津稀。2人が暴れるカゲクイの口元から、口の中から、投げ出される。
「……\4=「/……>+°……n\=-………………」
2人を吐き出したカゲクイは暴れ続けた。だが、どんどんその動きは小さくなる。叫び声は微かになる。
地面に叩きつけられた名津稀の体を、衝撃が襲う。動悸で痛い心臓が、余計に痛む。それでも、名津稀は急いで正面を見た。
「……やった?」
「……………………」
やがて何一つ物言わぬ巨体となったカゲクイは、ゆっくりと地面に体を落とす。地震のような揺れの後、倒れたその体は二度と動かなかった。しばらくして、その動かぬ口から血がどくどくと溢れ出した。
「………………」
アラミスはカゲクイの死体に近づき、巨大な手で口をこじ開けて、名津稀の弾丸がこじ開けた穴に太い刃を突き刺す。鋭い音とともに突き刺さった刃。これで、確実に止めを刺した_彼はそう確信した。
『み……みんな!! 無事か!? 生きてるよな!?』
静かな時を破ったのは、トモコの大声だった。
「……大丈夫ですよ。全員無事です、ばっちぐーです」
名津稀たちの後ろに立っていたカンナが、そう答えた。
『そうか……うん、そうだよな、ちゃんとカメラで見えてた……あぁ、良かったぁ……うぉ、うぉぉいおおおあああ……』
「トモコさん、変な泣き方しますよねえ」
『うるさいっ! お前らが心配でこっちは……ううっ、ぐすっ』
トモコと語り合うカンナを横目に、ナツキは名津稀とアラミスの方へ歩んだ。
「お疲れ、なっちゃん。左手……平気?」
ナツキは彼女の左手を見て言う。元々ついていた火傷跡に、切り傷が加わって痛々しかった。
「痛いけど……大丈夫。深いところまで切れてないから」
名津稀は大丈夫だよ、ともう一度言って、微笑みかけた。
「…………終わったか」
「先生……」
アラミスの声に、ナツキは彼の方を振り返る。巨体の黒いオーラが消えていく。体が縮んでいく。人に、戻っていく。
「……ぐっ」
その最中、彼は倒れた。
赤い何かが広がった。
「……先生?」
「──ッ」
倒れた彼の体には、もう、左腕が無かった。
「…………先生!!」