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#10「影に喰われた男」

 翌日、午後2時。


「そうですか……ナツキさんの過去のこと」


 基地の外で、名津稀とカンナは喋っていた。名津稀は昨日のことを彼女に、少しだけ話していた。アラミスに会ったことはひとまず隠して、ナツキが過去を話してくれた、ということだけを。


「カンナさんたちは知ってたんですか? ナツキさんのこと」


「まあ、昔一度だけ聞いてました。ナツキさんが"先生"って呼んでた方のことですよね」


「はい……」


 名津稀は答えて、ねずみ色に染まった曇り空を見上げた。


「なっちゃんさん?」


「……その話を聞いて、思っちゃいました。やっぱり、私なんかじゃ力にならないんじゃないかって」


 ナツキは、上を見上げたまま言った。


「全然違うんです、私とナツキさん」


「違うって、何がです?」


「私、生まれた時から何も持ってなかったから。愛してくれる人も、友達も、何一つ。だから、ナツキさんの気持ちが分からないかもしれないって思うんです。愛した大切なものを亡くした、ナツキさんの気持ちが」


「……色々あったみたいですね。本当に」


 何も持っていなかったから、大切なものを得た今を大切に出来る名津稀と、かつて持っていたものを無くして空っぽになったナツキには、微かでも絶対的な違いがある。そう名津稀は思ったのだ。


「でも、もうちょっと頑張ってみたいと思います。分かってあげられるかどうかは、最後まで頑張ってみないと分からないと思うので」


「ですね。モヤモヤしたまま止まってるべきではないでしょう」


 カンナはそう言って、名津稀の肩をポンポンと叩いた。


「──アイツも良い仲間を持ったな。そんなに心配してくれるのか」


「……!」


 聞き覚えのある声を聞いた途端、反射的に名津稀は右に振り向いた。


 金髪の若い男。アラミスだ。


「やあ」


 黒いコートを纏った姿で、また名津稀の前に現れた。


「なっちゃんさん? お知り合いですか?」


「カンナさん……ごめんなさい。ちょっと2人きりで話したいです」


「拙者と?」


「いやあっちの人とです」


「あー、そっちでしたか」


 名津稀がアラミスを指差すのを見て、ようやくカンナは理解したらしい。


「んー……でも大丈夫ですか? おじさんと2人きりで」


「お、おじさんは失礼かと……」


「まいっか、じゃあ拙者向こうに行ってますので。寝取られそうになったら大声で助けを求めてください!」


「寝取……え? あ、はい。ありがとうございます」


 カンナが二階建ての白塗りの建物_基地の中へ帰るのを見送ると、名津稀はまたアラミスの方へ振り向いた。


「話し中のところを邪魔したな。すまない」


「大丈夫です。あの……昼間に出てきても大丈夫なんですか?」


「それは、どういう……ああ、そうか」


 気付いているのか。そうアラミスに尋ねられて、名津稀は頷いた。


「なら話は早い。一緒に来てくれるかい? 人気のないところで話そう」




 2人は街外れまで歩いた。荒れたコンクリートで埋められた道を辿った先には、大きな花畑があった。中の広場では子供やその親が何人か遊んでいるのが見える。


「あったんだな。こんな綺麗な場所が」


「街の人たちが、みんなで作った花畑だって聞きました」


 先に広がるカラフルな地平線を、2人は遠くの道路の上から静かに眺めていた。やがて、アラミスが口を開いた。


「何か聞いたか? ナツキから」


「……あなたのことを、話してくれました。優しい人だったってことと、先生と呼んでたってこと……それから」


「死んだということ。か」


 名津稀は頷かなかった。彼の死を本人の前で肯定してはいけない──死人とのコミュニケーションの取り方など知るはずもなかったが、それだけは分かっていたから。


「いいんだ、正解だよ。俺は確かに死んだ。今の俺は屍だ。生きてはいない。そして、人間でもない」


「……ご遺体は、いつの間にか消えていた、とも聞きました。それは──」


 名津稀は、その理由が予想できていた。


「それは、カゲクイが関わっているんじゃないですか?」


「…………聡明だな」


 口元を緩めて、アラミスはそう言った。教え子を褒める師のようであった。


「俺は死んだ後、体をカゲクイに喰われた。勿論死んでいたから真実はわからないが、十中八九そうだ。ナツキの見えないところへカゲクイに連れ出されて、喰われ……気がついたら、蘇っていた。いや……正しくいうなら、死んだまま意識だけ取り戻した」


 アラミスはそう語り、そして何故か右腕を掲げた。

「……こいつと融合してな」


 何かが抉り出されるような、生々しい音。それとともに、何かがアラミスの右腕の袖の中から飛び出した。


「!?」


 黒く、細長い何か。数秒見つめてようやく、名津稀はそのフォルムを認識して、理解した。刃のような、黒いモノ_見覚えがある。


「カゲクイの、一部……?」


 困惑する名津稀の前で、アラミスはすぐに黒いモノをコートの中に引っ込めた。


「悪かったな、驚かせたかったわけじゃない。だが正解だ。俺を喰ったカゲクイ、恐らくはそいつの力の一部だ。俺は今、そいつに喰われて、そいつと融合している状態みたいだ」


「………………」


 アラミスがカゲクイである。あるいは、カゲクイの力を持っている。そこまでは名津稀も予想していた。だがいざその様を見ると、驚きを隠せないのが正直なところであった。


 人間とカゲクイの融合──つい最近までカゲクイのことさえ受け入れられなかった名津稀にとっては、死人が蘇生したという事実とも相まって、あまりにも衝撃が大きかった。


「まあ、生き返れたのはとんでもない幸運……あるいは、世界最悪の不運な呪いと言ったところだろう」


「自我は……あるんですよね? アラミスさん……」


「ああ、確かに今ここにいるのは俺だ。だから今は力をセーブできる。だが……正直に言おう。夜になると、そうもいかなくなる。夜になると俺の中のカゲクイは確かに暴れるんだ。それを必死に抑えて、これまでなんとか這いつくばって日々を乗り越えてきた」


 何かしでかす前に、自害しようとは思ったさ。だが、カゲクイの方の本能がその度それを阻止してきた──そう、続けてアラミスは語った。


「俺は、ナツキを陰から見守ることにした。彼女に気づかれないようにカゲクイの殲滅を手伝ってきた。それだけが俺の存在価値になっているし、俺もそれでいいと今も思っている」


「アラミスさん……」


「だけど……それも叶わなくなりそうなんだ。ここからが本題だ」


「え……?」


 アラミスの言葉を、名津稀は聞き返した。


「簡潔に言うと、俺はそろそろ限界だ。今朝から俺の中のカゲクイの力が急激に強くなっている。今のところはまだ平気だが……正直、明日明後日まで自我を保てるかも分からない。"俺"は近いうちに確実に消える」


「……そんな……!?」


「だから、俺は──」






「先生」


 突如、アラミスの言葉を遮る声がした。


(ナツキさん……!?)


 名津稀は驚いて振り返る。基地の方角から歩いてきたのは、ナツキだった。


「…………ナツキ」


 隠れる暇も無かったアラミスは、その身を彼女の前で露わにしてしまう。


「なっちゃんが、昨日幻を見たって言ってたけど……やっぱり違った。やっぱりいたんだね、先生」


「……俺は」


「気付いてないと思った? もう知ってる。この前の夜、先生が倒してくれたんでしょ? 巨大化した狼のカゲクイ」


 そう言うナツキの目つきは、何故か冷徹な雰囲気をまとっていた。


「ナツキさん、アラミスさんは──」


「ねえ。なんで何も言ってくれなかったの?」


 ナツキは名津稀の声も耳に届かないような様子で、アラミスに歩み寄りながら言った。


「なんであたしと会ってくれなかったの? あたし……あたし、ずっと寂しかった! 会いたかったのに!」


「ナツキ……」


「その上何? 消える? 消えるって……?」


「それは──」


「なんで今更出て来て、そんなこと言うんだよ! なんで時間が無くなってから言うんだよ! それならこれまでの時間……」


 ナツキの声は、震えていた。地に雫が滴った。


「……また会えたなら、これまでの時間全部、あなたと一緒にいたかったのに!!」


 ナツキは叫んだ。涙と混じった声で。


「なんで……なんで!!」


 ナツキは嘆いて、そして踵を返した。


「ナツキさん……!!」


 名津稀は止めようと手を伸ばした。だけど、手は届かなかった。届かせようとすることができなかった。何と言って呼び止めればいいのか、分からなかった。ナツキが駆け出して遠くへ行くのを、ただ見ているだけだった。


「………………」


 しばらくの静寂を破ったのは、アラミスの声だった。


「……間違っていたらしいな。俺のしてきたことは」


「アラミスさん……」


「ずっと、俺の独りよがりだったんだ……きっと」


 曇り空を見上げて、アラミスはそう言った。


「ダメです」


「……?」


「そんなこと、あなたが言っちゃダメです!」


 名津稀は強く、振り絞ったような声でアラミスに言い放つ。


「名津稀……」


「そんなわけない……きっと……!」


 名津稀は呟いて、ナツキを追うように走り出した。




(好きなんだ……2人とも、本当は好きなんだ! だから、きっと!)


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