23.俺はいつもまっぱだかだ
水浴びにちょうどいいところってあったかなあ。
ぽくぽくぽく……ちーん。あ、小川ならある。
場所もここからそう遠くない……と思う。地図なんて無いけど、毎日森の中を歩き回っているからそれなりに地理が頭に入っているんだよ。
そういや、それ系のスキルがあった気が。
よっし。
『キャンプを習得しました』
『マッピングを習得しました』
『ニンジュツを習得しました』
ついでだから、ちょっと気になるスキルも取っておいた。以前考えた通り、獲得スキル数の上限が分からないからバカスカとスキルを習得することは控えていたんだ。
今後レベルが上がると、もっと有用なスキルが出てくるかもしれないしさ。
今回はひょっとしたら当たりかもしれない、とコアラ第六感に引っかかったスキルを取ってみた。
マッピングは地図作成なのか、地理が頭の中で描けるようになるのか、役に立つだろう。
ニンジュツは、ほらまあ、使えなかったとしても浪漫があるじゃない。最初に見た時から気になっていたんだよねええ。
「ニンジュツ」
『忍法帖がありません』
……。
またこのパターンかよ!
最後の一つ「キャンプ」は、一見すると大したことのないスキルに思える。
これが文字通り「キャンプ」を行うスキルだったら……不要スキルで間違いない。
だが、テント設営といった野営技術を示すスキルではないと俺は考えたんだ。
キャンプとは、「安全に夜を過ごせる」スキルなんじゃあないかってね。つまり、寝込みを奇襲されないようにするスキルだと思ったってわけだ。
ステルスと違って、臭いや熱まで消し去る完全無欠の隠匿ができたり、モンスターを近寄らせない結界的なものを構築できたり……。
そうだよ。所詮、「こうなったらいいな」な妄想だよ。
だけど、動物学の例もあるだろ。動物学と聞いて、まさかモンスターの弱点を表示するなんて想像もできない。
じゃあさっそく。
「コアラさんー。こっちですよね?」
「あ、うん。このまま真っ直ぐだ」
動きながら別のことをするもんじゃあないな。
無意識に立ち止まっていたようだ。
いつの間にか俺の前まで進んでいたコレットが指先を前方に向けていた。
もちろん、樹上で。
安心してくれ。
意識がスキルのことに持っていかれていたとしても、ちゃんとモンスターの気配は探っている。
他に何かやっていた場合においてもほぼ無意識に索敵を行っているのだよ、ははは。
……ユーカリの葉を食べながらユーカリ茶で喉を潤している時は、索敵までする自信はないかもしれない。
無意識でできるんだろうって? ああ、そうだよ。
だけど、至福の時は無意識下も全てユーカリに……染まりそうになる。
「コアラさーん」
「悪い悪い」
コレットを待たせてしまった。
考え事は後だ。後。
彼女の前に出て、小川まで先導する俺であった。
◇◇◇
ちょっとした岩場に挟まれるような形で細い川が流れている。
流れもそれほど早くなくて、川幅も二メートルほど。
深さは俺の身長くらいと、「ちょっとした川」と表現するに相応しい規模感である。
それじゃあ、さっそくジャバジャバ行くとしますか。
両足を川岸に突っ込む。
うおお。少しひんやりするう。
人間の時は毎日風呂に入っていたというのに、この世界に来てからは初めての水浴びだ。
やっぱり、水浴びは良い。お湯ならもっといいけど……どこかに温泉でも湧いてないかなあ。
「わたしもご一緒していいですか?」
「ん? って、なんで全部脱いでんだよ」
いいですか? なんて聞いてきた割にはもう準備万端じゃねえか。
しかし、その格好は頂けない。
「だ、ダメでしたか?」
じとーっとコレットをうろんな目で見ていると、彼女はたじろいだようにタラりと冷や汗を流す。
全く自分の身体を隠そうとしないとか、そんなことを俺が指摘しているわけじゃあないぞ。
彼女が自分の身体を隠そうとしないのは事実ではあるが……。
「ローブだけは纏うとか、武器は……弓は難しいとしても短剣くらいは手元にあった方が良くないか?」
すっぽんぽんで襲われたらどうするんだよ。警戒心が足らなさ過ぎる。
いや、すっぽんぽんじゃあなかったな。ナイトサイトの魔道具だけは首から下げている。
ナイトサイトの魔道具は小石だったから、紐を使ってチョーカーみたいにしたんだよな。
「し、しかしですね。体を洗えないじゃないですか。た、短剣を持ちながらだと手が開かないですし」
「ま、まあ。そうだな……。ちゃっちゃと済まして岸に戻ろうぜ」
「分かりました。コアラさん、お背中流します?」
「お、おう。頼む。背中に手が届かなくてな……」
タオルやブラシを買って来ておけばよかった。
「お、おお。そこやそこ。その辺をもっとわしゃっと」
「はい! 濡れるとぺしゃーってなるのは猫さんとおんなじなんですね」
「そら、まあそうだな。うん」
しばらくコレットに背中を流してもらっていたが、本当に汚れていたんだな……俺。
砂みたいな細かい汚れだけじゃなく、小枝や葉っぱの切れ端まで毛皮から出て来たんだもの。
「汚れが出なくなりました」
「ありがとう。俺も背中を……と思ったが爪が邪魔でできない。すまんな」
「いえ。しばらく待っていてください」
「あいあい。焚火を用意しておくよ」
先に岸へあがり、アイテムボックスに溜め込んだ種火や乾燥した枝をバラバラと地面に出す。
◇◇◇
――パチパチパチ
木が爆ぜる音が鳴り、オレンジ色の火が灯っている。
このパチパチパチという音は、結構好きだ。何故なのか分からないけど、気持ちが穏やかになるんだよな。
「その枝でどうだ?」
「ありがとうございます」
ローブだけを体に纏ったコレットが、下着やらスカートやらを枝にかけ火の近くに持って来る。
地面に枝を突き刺せば、程よい感じで服が乾いていくだろう。
「すいません、わたしだけ」
「いや、俺も自分の身体を乾かさないといけないからお互い様だ」
「モフモフのふわふわですものね!」
「ま、まあな」
好んでモフモフなコアラになったわけじゃあないけど、乾かすのが結構面倒だ。
人間は人間で服を洗濯しなきゃいけないから、似たようなものか。
「あ、あの」
「ん?」
コレットが何か言おうとして言い淀む。目が泳いでいて、いかにも怪しい。
早く喋るがいいと目を向けたら、ようやく彼女は、意を決したようで続きを呟き始めた。
「コアラさんって、男の子なんですか?」
「そうだが……。女子に見えたか?」
「正直、分かりません。見た目じゃあ……す、すいません!」
「いや、コアラを見るのが初めてだったら仕方ないさ」
もちろん俺だって、コアラの雄雌の見分けなんてつかねえよ。
「コアラさんも、その女の子を見たら……あの」
「まるで何も感じないから大丈夫だ」
「そ、そうなんですか。可愛いコアラの女の子、いないんですか?」
「さあ……どっかにはいるかもしれないなあ」
雌のコアラか。
リボンなんて耳につけていて、雄より華奢でお目目がクリクリと。
ほ、ほう。こいつは、なかなか。
な、何考えてるんだ!
俺は、まだ心までコアラに売り渡したつもりはねえぞ。俺の心はまだ人間。人間なんだあああ。
少しでも気になる方は、ぜひぜひブックマーク、評価をしていただけますと嬉しいです。




