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運命の出会い

 少女に見つからないように、泉から少し離れた場所に降り立ったエレクトゥリアスは、静かに少女の方へ近づいていった。木の陰に隠れながら、静かに歩みを進める。すでにエレクトゥリアスの瞳は少女の姿を鮮明に捉えていた。


「ふぅっ、ふうっ」


 エレクトゥリアスの息が荒い。といっても疲れているわけではない。


 エレクトゥリアスは興奮していたのだ。水浴びをする少女の姿を見た瞬間から、エレクトゥリアスの心は高ぶって仕方なかった。こんなことは今までに一度もなかったことだ。


「うう、なんじゃこの気持ちは」


 エレクトゥリアスは胸を押さえながら、とうとう少女の水浴びする泉の湖畔までやってきていた。


 木の陰からそっと少女を盗み見て大きく息を吐いた。


「おおっ、なんと可愛らしい」


 思わず呟き、ハッと口を押さえる。


「妾は今何を……」


 背を向けてうずくまり頭を抱える。


 何故人間にこんな感情を抱いてしまうのか。と、しゃがんだ先に、少女が脱いだであろう衣服が綺麗に畳んで置いてあるのを見つけた。


「これは……」


 服の一番上に置かれていた小さな布を取り上げ、広げてみる。


 それは、言うまでもなくパンツであった。真っ白なパンツは恐ろしく柔らかな触り心地で、エレクトゥリアスが今までに見たことのない素材で作られていると思われた。


「ううむ、この柔らかな生地に細かな細工まで施すとは凄い技術じゃ」


 エレクトゥリアスは思わずパンツを撫でて、その感触を確かめてしまった。


「それにとてもいい匂いがするのじゃ。これはあの者の匂いか? まるで香水のようじゃ」


 頬から鼻先へあてがい息を吸い込み、フラフラと立ち上がる。


「やはりそうなのじゃな」


 パンツを握りしめ、少女の方へと夢遊病のように浮かれた表情で近づいていく。


 もはや姿を隠そうともせず少女の方へ近づき、そのまま泉の中へ足を踏み入れていく。


 と――、さすがに少女がエレクトゥリアスに気がついた。


「誰っ!?」


 弾かれたように少女が振り向き、その裸体を両腕で隠す。少女は泉に入ってきた者が同性であることに少し安堵したようだが、エレクトゥリアスが一歩進むごとに一歩後ずさる。


「ちょっと待って。そ、それ以上近づかないで」


 少女は怯えていた。それも無理はない。少女は見るからに戦う力のなさそうなほど柔らかい肉付きをしていた。魔王の娘である自分の姿を見て怯えないわけがないのだ。


「この、ヘンタイっ!」


 ……違った。怯えていることは怯えていたが、それと同時に怒っているようでもあった。


「ヘンタイとは失礼じゃな」


「あ、言葉通じるのね」


 少女は幾分ほっとしたようだが、警戒を解く様子はない。


「言葉が通じるなら、そこで止まってくれる?」


「止まらなかったらどうするのじゃ?」


「大声で叫ぶわよ」


「叫ぶとどうなるのじゃ?」


「叫び声を聞きつけた誰かが来てあなたを捕まえてくれるわ」


「妾を? 無理であろう。それに、このあたりに人は誰もおらぬぞ。空からはそなたしか見えなかったからのう」


「空から?」


「うむ、この羽で空を飛んできた」


 そう言って、エレクトゥリアスは背中の羽を広げて見せた。すると、少女は顔を引きつらせる。


「わ、わかっていたけど、貴女人間じゃないわよね?」


「ふむ、どうであったかの」


「いや、だって……羽もそうだけど、角生えてるし、尻尾も……」


「これかの?」


 エレクトゥリアスは今度は尻尾を振りかざし、水面を叩いた。


 パァンっと軽快な音を立てて、水しぶきが数メートルは跳ね上がる。


「……」


 少女が顔を引きつらせてますます距離を取る。


「この程度でそのような反応をするとは。……ふむ、やはりそうなのじゃな」


「何がかしら?」


「そなた人間が異世界から召喚したという勇者じゃろう?」


「……っ!」


「隠さずともわかる。角と尻尾なぞ人間にも生えておる。生えておらぬのはこの世界の外からやってきた者だけじゃ」


「えっ、嘘っ!」


「嘘ではない。こちらの人間を見て気が付かなかったのか?」


「う……そんなところ全然見てなかったわ。あーでも、兵士は兜かぶってたし、尻尾は……いや、尻尾はなかった気がするけど。ズボンとかで隠れていただけかしら」


「人間の尻尾は短いからのう。普段は見えなくても仕方あるまい。そう、例えばおぬしみたいに裸になっておらねば見えなくても不思議はない」


「あっ」


 一瞬の隙を付いてエレクトゥリアスが距離を詰め、少女の手首を握る。そのまま頭上へ掲げると、少女の肢体(したい)が露わになる。


「やだっ」


「何もせぬ。ただ、そなたの裸を見たいだけじゃ」


「ヘンタイっ、ばか、離してよっ」


「危害は加えぬといっておるであろう。……それにしても、やはり美しい」


 エレクトゥリアスは、思わず少女の傷一つない素肌に見惚れた。


「本当に角がない」


「当たり前でしょ」


 髪を撫でると、少女が微かな抵抗を試みながら答える。


「尻尾も生えておらぬからお尻が丸見えではないか」


「見るなっ」


「それに、耳もまん丸でなんと可愛らしい」


 エレクトゥリアスが少女の耳を優しく触り、甘い吐息を漏らす。


「全身つるつるで、これほど美しい者は見たことがない」


「そ、それはありがとう。でも、いい加減離してくれるかしら。同性でもセクハラよセクハラ」


「セクハラ? 何のことかわからぬがお主の名を聞きたい」


「離してくれたら教えてあげる――って貴女何手に持ってるのよ」


 少女がようやくエレクトゥリアスの手の中に、見覚えのある布が握りしめられているのに気がついた。


「これか? これは先ほど拾った」


「それ、私のパンツなんだけど。返してくれるっ!? って、ギャー! 匂い嗅がないでっ!」


 エレクトゥリアスは少女から手は離したが、今度はパンツを鼻に押し当てるのを見て少女が悲鳴を上げた。


「うむ、お主の物じゃということはすぐにわかった。匂いが同じじゃ。とても甘美な匂いじゃ」


「バカっ、ヘンタイっ、返せっ」


「先ほどからそればかりじゃのう。妾はヘンタイではない。それに手は離したぞ。お主の名前を聞かせるのじゃ」


「……令奈(れいな)


 エレクトゥリアスを睨み付けながら令奈が応える。


「レイナ?」


「そう、天城令奈(あまぎれいな)よ」


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