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魔王の娘登場!

 魔王城にて――



 令奈がウッマに見捨てられ、一人トボトボと街道を歩いている数時間ほど前――


 人間の街を離れ、大陸の奥深くにある古びた古城の中で、一人の少女が険しい顔をしながら凶悪な魔物たちの前で大声を張り上げていた。両耳の上辺りに薄く細長い三角錐状の角を生やし、お尻に煌びやかな鱗の尻尾を携え、さらに背中には大きな翼を生やした少女が、眉をしかめながら正面にいる一際大きな魔物を睨み付ける。


 円形の――元は人間たちが会議などに使っていたであろう部屋を、魔物たちも同じように使っていた。この城は元々人間が数百年ほど前に造った城であり、魔物たちが攻め落としてからは、魔物たちの拠点として使われていたのだ。


 テーブルに着いている魔物たちは、いずれも並々ならぬオーラを放っており、彼らはまさに魔物たちの中でも精鋭中の精鋭――魔王軍の幹部クラスの魔物たちであった。


 見た目麗しい少女も当然魔物である。


 あまり手入れをされていない、燃えるような赤い髪を無造作に背中まで伸ばし、やや浅黒い肌はその髪色と良く馴染んでいる。瞳はダイヤモンドのように煌めき、意志の強さを感じさせる。何かしらの動物の皮で造られた衣服は最低限の箇所のみを覆うような簡素なもので、肉体のラインが良くわかるものであった。それが体の凹凸はやや乏しいものの、少女の魅力を引き出すのに役立っている。


 スラリと伸びた足には太ももの上まであるブーツを穿き、いらだたしげに地面を時折小突く仕草をしていた。


 もっとも、そんな可愛らしさから美しさへ変わろうとしている少女だったが、居並ぶ魔王の幹部たちはそのようなものに――もともと種族が違うので――魅力を感じるような事はないようで、またいつもの話かとウンザリした様子を見せていた。


「父上っ」


 少女が一番奥に居座る、明らかにこの中で最も格上であり、最も巨体な魔物に叫ぶ。


 その魔物は父と呼ばれたことが気にくわないのか、眉をしかめて少女を睨み返した。


「エレクトゥリアスよ、場をわきまえよ。我はお前の父である前に魔王ザッハディールぞっ!」


 空気を揺るがす波動が魔王から放たれる。そう、少女の――エレクトゥリアスの父こそが魔王だったのだ。


 エレクトゥリアスと同じように角、尻尾、羽を生やしてはいるが、いずれもエレクトゥリアスよりも禍々しい形状をしている。その姿はとてもではないが、エレクトゥリアスと同じ種族とは思えないほどにかけ離れてはいるが、よく観察すれば根本的な部分では同じ事がわかる。


「はぁっ……。……魔王ザッハディール。いつまでこのようなことを繰り返すつもりか」


 エレクトゥリアスは魔王の重圧など全く気にした様子もなく、むしろ魔王よりも不機嫌そうに言い放つ。


「このようなこととは?」


 魔王はこれが不毛なやり取りだと分かっているが、こうして適当にわめき散らさせてやればいずれ呆れて出て行くことはわかっているので、大人しくエレクトゥリアスに付き合ってやることにした。


 それはエレクトゥリアスもわかっている。しかし言わずにはいられない。


「いつまで人間たちと不毛な争いを続けるのかということですっ!」


 エレクトゥリアスは地面をガツンと蹴り飛ばした。何度言っても魔王は自分の話を聞かない。何度同じ事を繰り返しただろう。


 現在――どころか、この数百年、魔王軍は人間と戦い続けてきた。


 戦い、争い、奪い、奪われ。


 初めは魔王軍が優勢に戦いを進めていた。しかし、人間の繁殖力はあまりにも強く、早く。気がつけば大陸の中央を境に均衡が保たれ、領土を拡大することが出来なくなってしまった。それどころか、ここ数年でわずかに押されているような気配すらある。


 人間はいつの間にか数を増やし、新たな武具や魔法を作り、魔王軍との戦い方を優位に進めるまでになってしまったのだ。


「いい加減に人間たちと争うのはお止めになった方がよろしいのでは? そんなことよりも、もっと街を発展させることを考えるべきです。言いたくはありませんが、人間たちは日々成長しております。人間たちの街と妾たちの街を比べれば一目瞭然。そもそも、この街も城も人間たちから奪ったものをそのまま使っているだけではないですか。自分たちで造ろうとは考えぬのですかっ? 戦いだけではいつまでも、生活の質が向上しませぬ」


「それがどうしたというのだ。人間と我らは違う。そもそも、向こうが我らの領土を侵略してきたから駆逐しておるのだ。人間どもが大人しく領土を明け渡し、昔のように土でも弄って獣のように暮らしておれば良いのだ。さすれば我らも無駄にきゃつらを殺そうとはせぬ。逆らわぬのであれば奴隷として我らが元で使役し、お前の言うようなこともさせられよう」


 エレクトゥリアスは頭が痛くなってくるのを感じた。なぜ自分たちで発展させようとしないのか。いや、魔王たちは山の中ででも何不自由なく暮らせるのかもしれないが、自分は我慢が出来ない。魔王が見下している人間たちよりもはるかに質の低い暮らしを何故しなければならないのか、なぜ良く出来ないのか。


 もちろん自分なりに所持している領土内は発展させようとはしている。しかし、自分と同じ生活の質を向上させようという志のある者がほとんどいないのだ。


 そもそもが魔王軍には知能のある者があまりにも少ないと感じている。戦うことしか能のない者たちしかいない。これでは例え人間を滅ぼしたとしても今と何も変わらないのは目に見えている。


 エレクトゥリアスは言ってしまえば青春を謳歌したいのだ。戦いという馬鹿げたことよりも、今を楽しく面白く生きたいと思っている。


 それが全く実現しないことに苛立ちを覚えてしまう。


「エレクトゥリアスよ、貴様の戯れ言にこれ以上付き合う気はない。我にこれ以上の意見をしたいのであれば、貴様が魔王軍にとって有益な存在であると示して見せよ。さすれば貴様の意見に耳を傾けもしよう」


「……ではどうすればよろしいのでしょうか」


「人間どもは異界より勇者を召喚し始めたと聞く。戦闘能力の低いお前に勇者を倒せとは言わぬが、我らに有益な情報でも持ち帰ってくるがよい。さすればお前の話を再び聞いてやらぬでもない」


「……わかりました」


 言いたいことは色々とあるが、今は何を言っても無駄だろう。ため息を吐きながら(きびす)を返すと、エレクトゥリアスは魔王城を後にした。


    ****


 空を飛ぶのは好きだ。


 風に身を任せていると、この世で自分が一番自由な存在だと思えてくる。


 エレクトゥリアスは魔王の言うとおり、人間の街付近までやってきていた。空を飛べば川を越え山を越え、半日もかからずに人間たちの領土の最も奥深くまでやってくることができる。


 一人であれば見つかることもほぼない。


「さて、有益な情報と言われても何をすればよいのやら」


 エレクトゥリアスは山岳地帯を越えたあたりでスピードを緩め眼下を見下ろした。


 前方には人間の王都が、背後には山岳地帯に作られた小さな街が見える。


「まさか人間の街に入ってゆくわけにもいかぬ」


 そんなことをすれば総攻撃されるのは目に見えている。


 魔王はエレクトゥリアスを戦闘能力のない娘だと思っているようだが、そうではない。仮にも魔王の娘である。普通の人間が数十人束で来ようとも後れを取ることはないだろう。


 もっとも、エレクトゥリアスはそんな無駄な大立ち回りをする気などまったくなかったが。


「この辺りに人間でも歩いておれば無理矢理にでも話を聞くくらいは出来るのじゃが」


 エレクトゥリアスは瞳に力を込める。


 地上の景色がより鮮明になり、そして――


「ほう、あれは人間か?」


 人間が作った街道から少し外れた場所で、人間の少女らしき影を見つけた。


 山から流れ込んで出来た小さな泉で水浴びをしているらしい。都合のいいことに少女の他に人影はない。


「ううむ、あれはまさか……」


 裸の少女をさらに注視して、エレクトゥリアスは眉をひそめた。


「いや、もっと近くで見ねばわからぬ……」


 何かに思い当たる節があるのか、エレクトゥリアスは考え込みながら静かに高度を落としていったのだった。


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