レイナ覚醒?2
「よかった」
街は、酷い有様だけど、崩れ落ちるようなことはなさそうだ。
「これ、火傷とかも治ったりするの?」
「そこまでの性能は組み込んでいない。治療が必要な者がいたら、どこか一カ所に集めておいて。まとめて治してあげる」
「ありがとう、ミレーヌちゃん」
治療魔法ってやっぱり便利よね。
「下の方はこれでいいとして、エクレア、あれはどうするの?」
ミレーヌちゃんが、虫の息になっているメリジューヌさんに視線を向ける。
「そうじゃな……」
エクレアはレプリカントを鞘に仕舞って「ふむ」と呟いた。
「妾の街を焼いた罪は重い。いっそここで首を刎ねてもよいのじゃが」
「ダメよそんなの」
慌ててエクレアとメリジューヌさんの間に入る。
「メリジューヌさんのしたことは許せないかもしれないけど、それはダメ。そんなことをしたらエクレアの敵が増えちゃうわ。もちろんなんらかの形で怪我をした人への罪は償って欲しいけど、それだけはダメよ」
「レイナは優しいのう。仕方ない。首を刎ねるのは無しにしてやるのじゃ」
エクレアは初めから本気で言っていたわけではなかったようで、あっさりと私の言うことを聞いてくれた。
「首は刎ねぬがこのままにするわけにもいかぬ。レイナは罪は償わなければならぬと言ったな。では、レイナにこの者の処分を一任するのじゃ」
「ええっ?」
「こやつを止めたのはレイナじゃ。あのとき、レイナが何かをした。そうじゃろう?」
「そ、それはそうな気がするんだけど……」
それは間違いないと思う。自分でも不思議だったけど、あのとき、確かに私が何かをしたのだ。内側から言葉が溢れて――
「ならば、勝ったのはレイナじゃ。レイナがこの者を好きに扱えばいいのじゃ」
「そんな物みたいに……」
「そもそも、こやつは昔から何かと妾に噛みついてきおってのう。ことあるごとに勝負をふっかけてきて鬱陶しかったのじゃ。父上の……ザッハディールの侍従なのにやたらと妾を敵視しておってのう」
「侍従って、使用人とかメイドとかそういう感じのアレ?」
「うむ、それじゃな」
「えーっ、じゃあ五冥竜とか言っていたのは?」
「ザッハディールの身の回りの世話をする、五人の竜人という意味じゃな」
「五人のドラゴンメイドじゃんっ!」
なんだそりゃ。全然戦闘要員でもなんでもないじゃん。
「それじゃあ四魔天爪は?」
「それは魔王軍の幹部じゃな。ザッハディールの爪となり得る者たちという意味じゃ」
「そっちはちゃんと強い人たちなんだ」
さすがにメイドさんから、幹部クラスに下克上は無理があるだろうに。
「話しをするのもいいけど、そろそろ呼吸が止まりそうだけどどうする?」
メリジューヌさんを仰向けに転がして、ミレーヌちゃんが至極冷静に言う。
「ダメダメ、早く治してあげて」
「わかった」
ミレーヌちゃんが回復魔法を使っている間に、メリジューヌさんの扱いを考えないと。……このまま返してもいいんだけど、また襲ってこないともかぎらないしなぁ。できれば、エクレアのやろうとしていることを理解して欲しいんだけど。
そう考えている間に治癒は終わったようで、メリジューヌさんが小さなうめき声と共に薄目を開けた。
「メリジューヌよ、気がついたか?」
「うう……え、エレクトゥリアス……」
「うむ、意識はちゃんとしておるようじゃな。ならば、自分が負けたことも分かっておるであろうな」
「くっ」
メリジューヌさんが悔しそうに唇を噛みしめる。
「くっくっくっ。悔しかろう。さらに良いことを教えてやろう。お主は妾に負けたのではない。妾の最愛の友であるレイナに負けたのじゃ。自分が何をされたのか覚えておるか?」
「な、何?」
メリジューヌさんが私を見上げる。
「なっ、こいつ、やはり人間か? し、しかも普通の人間ではないっ」
「そうじゃ、レイナは人間の召喚した勇者じゃ。お主は勇者レイナの剣でも魔法でもなく、言葉をかけられただけで負けたのじゃ」
「言葉……だと?」
「レイナよ、先ほどのをもう一度やることは出来るかの?」
「ええっ、もう一度? うーん……」
あれは正直どうやったか自分でもあまり分からないのだけど……。ただ、街のみんなを守らないといけないと思って――いや、違う。そうじゃなくて、その原因となったメリジューヌさんに直接働きかけたかったんだ。
とにかくメリジューヌさんを止めたくて――私の言うことを聞かせたくて――命令したんだ。
そう――こんな感じだっただろうか。意識を集中して言葉を紡ぐ――
「メリジューヌさん――」
「な、なんだ」
メリジューヌさんの瞳を見つめる。メリジューヌさんの視線が、私と交錯する。
「エクレアに戦いを仕掛けるのを止めなさい」
「ぐうっ」
突然、メリジューヌさんが胸のあたりを抑えて体を丸める。
「お、お前、あたしに何をした」
「ほう、なるほどのう」
エクレアがニヤリと笑みを浮かべた。
「妾の真竜の命令に似ているのじゃ」
「何それ?」
「他者に自分の命令を効かせるための力じゃ」
「魔法なの?」
「魔法……とは少し違うのう。妾の雷撃器官のように、元々が持つ素質の類いじゃ。魔王たちが魔物を従えることが出来るのも、この力のおかげじゃな」
「ああ、前にそんなことを言っていたわね」
魔物たちに命令して戦っているけど、いちいち指示を出さないといけないから効率が悪いとかなんとか。
「に、人間があたしに命令できるだとっ? そ、そんなばかなことがあってたまるか」
「そうは言っても、お主はレイナの命令に逆らうことが出来ないのじゃろう? 妾に攻撃してみるがいい」
「くっ、そ、それくらい」
メリジューヌさんが爪を立てて、エクレアに振り下ろそうとするが、小刻みに痙攣するばかりで動くことが出来ないでいた。