レイナ覚醒?
「あっつぅ」
汗が滲んできた。っていうか、こっちまで蒸し焼きになりそうだ。
もはやメリジューヌさんは正常な判断が出来ないほど我を忘れているのか、ひたすらかすりもしない攻撃を繰り出している。
エクレアは、さすがに炎の塊に突っ込んで行く気は無いのか、避けることに専念していた。メリジューヌさんのあの状態がずっと続くわけもない。炎が弱まったところを一気に叩くつもりなのかもしれない。でも――
お城の周りが――エクレアの城下街が――コボルトやサイクロプスやハーピーたちは無事なのだろうか。
いや、無事ではないっ!
炎の中から、城下街の住人たちが逃げ出しているのが見えた。中には火傷をしているのか、背負われて逃げている子たちもいる。
このままじゃ、街も住人も何もかもが焼け落ちてしまう。
そんなことになったら、街の再建だけでも膨大な時間が掛かってしまう。
「エクレアっ、早くその人を止めてっ!」
「ううむ、そうしたいのじゃが。さすがに火の玉になっている相手を止めようとなると大変じゃ」
今やメリジューヌさんは、燃えさかる炎の化身となって、もはやその姿まで見えなくなってしまっている。いくら自分で出した炎といえども、このままじゃ自分の身すら危うくなってしまうのではないだろうか。
このままだとどうなる? エクレアみたいに大爆発を起こしてしまったりしないだろうか。そうなったら、被害がどこまで酷くなるか想像もつかない。
この街だけが火に包まれるだけならまだいい方で、周囲の森にまで引火したら――
背筋がぞくりとなった。
ダメだ。一刻も早く止めないとっ!
「こらー、その火を止めろーーーー!」
きっと聞こえていない。分かっているけど叫ばずにはいられない。
「止めろっていってるでしょーーーーーーーっ!」
メリジューヌさんのまとう炎が、収まるどころかさらに激しく燃えさかり、ついには連発花火のように弾けだした。青白い炎が人魂のように分裂して地上に降り注ぐ。
これはヤバイ。もうメリジューヌさんの命すら燃え尽きようとしていた。
こんな――こんなことで、エクレアの目指す街が――世界が台無しになるなんて――
ダメ、そんなの許せない。
エクレアには理想を実現して欲しい。
こんなところで立ち止まって欲しくないっ。
なんだかくらくらする。視界がぼやける。
酸欠? いや、意識は覚醒している。
ただ――体の中から何かが沸き上がってくるような、不思議な感覚がする。
これは――何?
息が荒くなる。それとは逆に、思考はクリアになっていく。
「はっ、はっ」
嗚呼――今なら何か出来てしまう気がする――
そう思ったら、言葉が自然に溢れ出した。
「メリジューヌっ! 今すぐ炎を止めて降りてきなさいっ!!」
刹那――
メリジューヌさんの動きが、時間でも停止したかのようにピタリと動かなくなり、一瞬にして炎が消え――そして落下してきた。
「なんじゃ一体」
エクレアも慌ててメリジューヌさんの後を追い降りてくる。
派手な音を立ててながらメリジューヌさんは屋上に叩きつけられ、死んだようにぴくりとも動かなくなった。体は酷い火傷を負っているように見える。
まずい、このままじゃ命に関わる。
――そうだ、ミレーヌちゃんなら治す魔法を使える。すぐに呼びに行かなければ――
「あーあ、派手にやったわね。虫の息じゃない」
と、呼びに行こうとする前に、ミレーヌちゃんが屋上へ来てくれた。さすがにここまでの騒ぎになれば、様子を見に行こうという気になったのかもしれない。
「言っておくが妾がやったのではない。自爆したのじゃ」
エクレアはあまりメリジューヌさんのことを心配していないようだけど――
「ミレーヌちゃん、メリジューヌさんを治してあげて」
メリジューヌさんは絶対に助けなければいけない。死なせてしまうようなことがあっては絶対にいけない。それは、命が大事とかいうのもあるけど、何より魔王軍の人を死なせてしまったら、エクレアとの間に亀裂が入る恐れがあるからだ。こんなことでエクレアの敵を増やすようなことがあっちゃダメなのよ。
「虫の息だけど、すぐに死ぬようなことはない。それよりも――」
ミレーヌちゃんはメリジューヌさんに一瞥しただけで何もせず、屋上の端へと歩いて行く。
「下をなんとかするほうが先でしょう」
そう言って、ミレーヌちゃんは魔法を唱えだした。
「我が内に秘められしマナよ。我が呼びかけに応えよ。アクアストーム!」
ミレーヌちゃんの足下から巨大な魔方陣が姿を現わしたかと思うと、そこから大量の泡が溢れ出し、吹雪のような勢いで城下街全体を覆っていった。
「凄い」
泡が炎に触れると、一瞬で火が消えていく。
「水で押し流すと、余計被害が大きくなることがある。火を消すには泡が最適」
「おお、これは消火用の魔法なの?」
「ま、そうね。森が燃えたとき用に開発した」
「なるほど」
ミレーヌちゃんの住んでいる祠は周囲を森に囲まれている。
自然発火とかで森林火災になったら、自分で消せるようにということなのだろう。
おかげで街の火もあっという間に収まっていったのだった。