初めてのソロキャン?
進めども進めども鉱山の街なんて物は見えてこない。道は平坦、山は遠い。つまりはあの山の麓辺りまでは行かないとダメだということだろう。距離感は全然わからないけど、十キロでは足りない気がする。二十キロかそれ以上というところだろうか。
ウッマは正直遅い。鞭でも入れれば気合いを入れて走ってくれるのかもしれないが、それでヘソを曲げて立ち止まられたらそれこそヤバいというものだ。
「歩いているのとそう変わらないから一キロ十分として、後三時間以上か……マズいわね」
冷や汗が頬を伝うのを感じた。
何がヤバいって、すでに日が落ちかけているのだ。辺りは次第に夕闇の帳を下ろして闇の世界を作ろうとしている。
「ふっ」
思わずガラにも無い思考をして自嘲する。
「いやっ、ていうかほんとにマズいわね」
寂しさと不安を紛らわす為か、独り言が多くなってしまう。
「ねえ、ウッマ。次の街までスパートかけれる? 駆けて欲しいのよわかる? ほら、貴方って格好いい馬じゃない。そう、まるで天馬みたい。出来る、貴方なら出来るはずよっ!」
必死に煽ててみたが、ウッマは「何言ってるんだこのアマは」みたいな視線を一度こちらに寄越しただけで走ってくれる様子も無い。
そんなことをしている間にも闇は一層深まり、完全に日が落ちようとしていた。
「いや、マズいでしょ」
私はウッマを強引に止めると慌ててウッマの背から降りた。
今からじゃどうあがいても次の街に間に合わない。正直、土地勘も無い場所で夜通し歩くのは明らかに危険だ。
魔物――そう、この世界には魔王が居て魔物が存在しているのだ。今も虎視眈々と闇が降りるのを待って、私を襲おうとしている何かが居てもおかしくない。
家どころか、建物らしき物は周囲に全くない。
どこか身を隠せる場所――
何かないかと周囲を見廻し、岩が密集している場所を見つけた。
日は完全に落ちた。もう迷っている暇は無い。
ウッマを強引に引き寄せながら、岩場へと向かい、なけなしのバッテリーを使ってスマホのライトを照らして、危険がないことを確かめる。
人一人がなんとか潜り込める岩場の隙間へ入り込み、ウッマをその前に――申し訳ないけど――風よけあるいは囮に使うべく居て貰って、荷物を抱え込んで身を丸めた。
「ありえない、ありえないっ」
誰が好き好んでこんな異世界で野宿をしなければならないのか。
この辺りの情報をもう少し聞いておけばこんな緊張を強いられることもなかったのに。後悔してももう遅い。
今日はもうここで襲われることが無い事を願いながら一夜を明かすしか無い。
極度の緊張の中、私はしばらく眠りにつくことも出来なかったが、いつしか疲れ切って意識を失うようにして眠りについたのだった。
****
PPP! PPPPP!
目覚ましの音が聞こえた。と、咄嗟に目を覚ましてスマホの画面を見つめる。一瞬にして意識は覚醒し、昨日のことを思い出した。
「ヤバっ、電源切り忘れてた」
昨日ライトの機能を使ってからそのままにしてしまっていたらしい。
スマホのバッテリ―は残り五十一パーセント示していた。充電が出来ない以上、一パーセントも無駄に消費できないのにっ!
朝七時であることだけを確認してスマホの電源を切った。
「はぁー、結局何事もなく過ごせたわけね」
自分の体に何の異変も無い事を確認して、ほっと息を吐いた。
そして、気がつく――
「ウッマ?」
昨日まで共に過ごした戦友の姿が見えない。
「ウッマーーーっ!」
大声で呼んでもそれに応える鳴き声も無い。
「まさか襲われたんじゃないでしょうね」
背筋に冷たい物が流れたが、周囲に血の跡などは無く、むしろウッマのものと思われる足跡がくっきりと残されていた。
「えっ、嘘でしょ」
その足跡は、昨日来た道の方へと続き、それはすなわち王都の方へ向かっているように見える。途中から固い地面の街道へと変わると足跡は途切れたが、土の跡が続いていた。
「ウッマ―! あいつ帰ったの? ええっ? 私に何も言わずに? 一晩一緒に過ごした仲なのにっ!」
ボケてみても突っ込んでくれる人は誰も居ない。
「えー、本当に帰ったの?」
信じられない気持ちだった。
「えーっ!」
しばらくその場で、もしかしたらウッマが人でも連れて戻って来てくれることを期待したが、もちろんそんなことはなかった。
このまま待ち続けて野宿二日目、なんてことになったら最悪だ。
決断しなければ、ウッマなしで歩いて次の街を目指すと。
王都へ戻るという選択肢も無い事はない。しかし、昨日はウッマに乗って四時間以上は進んできた。王都が近いのか次の街が近いのか難しい判断だ。王都へ戻って街へ入れて貰えなかったらさらに酷い。またこの道を往復しなければならなくなる。
「泣きたいわ」
本当に涙がにじんできた。
「うう……」
迷いに迷った末、私は鉱山の街を目指して歩くことを選んだ。
ここから王都は見えない、山は見えている。それならば見える方へ進んだ方が気力が持つと思ったからだ。
「ウッマは今度会ったら絶対にお仕置きしてやる」
恨みのパワーを加えながら、私は重い荷物を持ち、徒歩での行軍へと切り替えたのだった。
次回、ほんの少しのサービスシーン