誰かさん襲来!
「おまたせ~」
私が部屋に戻ると、エクレアが立ち上がったままミレーヌちゃんに熱気のこもった演説をしている真っ最中だった。尻尾と羽がパタパタと動いて、興奮しているのがこちらにも伝わってくる。
「おお、レイナよ。持ってきてもらってすまぬな」
私のことに気がつくと、エクレアが尻尾をフリフリしながら私の所へやってきて、お茶菓子の乗ったお盆を受け取ってくれた。
「見よ、ミレーヌよ。これがレイナの作ってくれたお菓子じゃ。ミレーヌはこのようなものは見たことも食べたこともなかろう。レイナの愛情がたっぷり籠もっておるから、ほっぺが蕩けるほどに美味しいのじゃ。ミレーヌにも是非この感動を味わって欲しいのじゃ」
「いや、そんなハードル上げられると困るんだけど。そりゃまあ、美味しくなるようにとは思って作っているけどっ」
「大丈夫じゃ。こんなにも美味しい物は妾は食べたことがないのじゃ。ミレーヌも絶対に気に入ってくれるはずなのじゃ」
エクレアは満面の笑みで、お茶とお菓子をミレーヌちゃんに差し出す。
「ふうん、レイナはスマホだけじゃなくて、お菓子も作れるんだ」
ミレーヌちゃんが目を見開いてお菓子を見つめるけど――
「いや、スマホは作ってないからね」
それだけは訂正しておかなければならない。
「わかってる。これが水竜ジョーク」
にやりと、ミレーヌちゃんが笑みを浮かべた。なんのこっちゃ。
「それじゃあ、食べてみる」
恐る恐るといった感じで、ミレーヌちゃんはグラノーラクッキーを口に運んでいく。
竜族でも初めて見る食べ物は警戒するのかな、なんて思いながら見ていたけど――
「あ、美味しい」
一口食べると、ミレーヌちゃんの頬が緩んだ。口元に手を当てながらの驚きの表情が可愛い。
「そうじゃろ、そうじゃろ。レイナの作ったお菓子は世界一じゃ」
「なんでエクレアがそんな得意そうにするの」
ミレーヌちゃんが、エクレアの頬をグーの手でぐりぐりと押さえつける。ミレーヌちゃんが、エクレアの先生だからこそ出来るツッコミというやつだ。
「レイナと妾は一心同体じゃ。レイナの手柄を誇って何が悪いのじゃ」
「そういうのは、自分で作ってから誇るの。教育のし直しが必要ね」
「妾が一人で全てをやる必要はないのじゃ。レイナはお菓子作りが得意じゃからお願いしたのじゃ。椅子も壺も、得意な物に作って貰えばいいと、妾は学んだのじゃ」
子供のように戯れていた二人だったけど、ミレーヌちゃんの動きがピタリと止まって、エクレアのことを新種の生物でも見つけたような目で見ていた。
「エクレア、ちょっと賢くなった?」
「妾は今までも賢かったはずじゃが、レイナのおかげでさらに賢くなったようじゃ」
「うーん、確かに今までとは少し違ってきているのはわかる。レイナは師として才能があるのかしら」
ミレーヌちゃんが今度は私を見つめてくる。
「いやいや、さすがに誰かに教えられるほど賢くはないわよ。ただの女子高生だし」
「女子高生……侮れない響き」
ミレーヌちゃんは何かに納得したのか、うんうんと頷きながらグラノーラクッキーを一生懸命に頬張っていた。
****
「して、ミレーヌよ。先ほど話していたマナを溜め込んだ宝石の件じゃが、大量に眠っている場所など知らぬかのう」
「うーん。あれは正直私たちには必要のないものだから、あまり気にしたことがなかった。採れる場所自体は知っているけど、大量にあるかどうかまではわからない」
「そうか。掘ってみなければ分からぬというやつじゃのう」
さすがにすぐに手に入るということは無理そうだった。まあ、こればっかりは仕方ない。
「でも、面白いことを考えたと思う。魔法はわりと秘匿したがる者が多い。それは人間も私たちも同じ。作り上げた術式を、簡単に誰かに真似されたり、使われたりするのは誰でも嫌なもの。だけど、エクレアの――レイナたちの考えはその逆を行くもの。宝石に術式を刻んで魔法石にして、使用目的に合った場所に置く。そして、マナを反応させて、誰でも魔法石に刻まれている魔法を使えるようにする。そして、それの何が面白いって、ただ水を出したり、火を出したり、一体そんなことをしてどうするの? というものが多いこと」
くすくすとミレーヌちゃんは笑い出す。まだ魔法は戦いのために使うことが前提の世界だから、平和利用することなんて全然考えてないみたいだ。術式を作るのにだって時間はかかるのだから、何の役にも立たなさそうなものが後回しにされるのは仕方のないことかもしれない。
「でも、そうね。水のないところに水を出す。火のないところに火を出す。それが便利そうだということは理解できる。実は私も、エクレアのMLCみたいな魔法を作ってきた」
「ほう、なんじゃミレーヌも妾たちの目指す世界に興味が出てきたのじゃな」
「そういうわけじゃないけど、好きに解釈してもらって構わない」
――エレクトゥリアスーーーーーーーーどこにいるーーーー!
「妾たちに混ざりたいのなら素直にそう言っていいのじゃぞ?」
「むー、ちょっと楽しそうって思っただけ」
――エレクトゥリアスーーーー早く出てこいっ。出てこなければ城ごと焼き払うぞーーーっ!
「ミレーヌは素直じゃないのう」
今度はエクレアがミレーヌちゃんの頬を人差し指でつつく。
「まあ、協力してあげるといったから、やっているだけ」
――エレクトゥリアスーーーーーいないのかーーーっ? いるだろう? いるよな? いたら早く出てこいーーーーーっ。
「よいよい。ミレーヌには是非とも協力して欲しかったのじゃ。大歓迎するのじゃ」
ミレーヌちゃんも、しっかり協力してくれる気になったのかな。術式を考えることが出来る人は何人いてもきっと足りないから凄く助かるところだ。って――
「なんか外でエクレアのことを呼んでいる人がいるみたいだけど、応えてあげなくていいの?」
さっきから叫び声が聞こえていたけど、二人が全然反応しないものだからちょっと不思議だったのだ。
サリアさんやティアの声でもないみたいだし、誰なんだろう。
「あれか、あれは相手にするだけ時間の無駄なんじゃが」
エクレアが仕方ないと腰を上げた。
「知り合いみたい……よね?」
エクレアは、やれやれと言いながら屋上への階段へ向かって行く。あの叫び声が誰なのかちょっと興味があるので、私も付いていこう。
「ミレーヌちゃんは行かないの?」
「行ってもしょうがないから、ここで待ってる」
ミレーヌちゃんはまったく興味なさげに、グラノーラクッキーに手を伸ばしていた。