超古代竜ウィール
「ちょっとくらい時間掛かってもいいからお願いね~」
心優しいサイクロプスたちにお風呂の件はお願いして、私たちは再び散策に戻ることにした。
「なんか、もっと凶暴なイメージあったけど、そうでもないのね」
「あやつらが大人しいだけで、最前線に駆り出されているやつらは凶暴なものが多いのじゃ」
「そっか。お城の中にいた人たちも襲ってくる気配なかったし、エクレアが目指している街作りを、ここにいる子たちはわかっているんじゃない? だから、大人しい子たちが集まってくるし、サイクロプスたちも物作りをして、エクレアの役に立ちたいと思ってるんじゃないかしら」
「ううむ、そうなのか?」
「そうだと思うわよ。エクレアは、自分と志が同じ人がいないって言っていたけど、きっとエクレアが気がついていないだけで、みんな自分に出来ることをやっているんだと思うわ」
「そう……なら嬉しいのじゃ」
エクレアは照れくさそうに頬を緩ませた。
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城下町には、集落を構えている種族がいたり、単独で住み着いている魔獣がいたりと、意外に賑やかな感じだった。
ハーピーの群れは、エクレアの姿を見つけるとからかうように話し掛けてきて、歌を歌いながら見送ってくれた。
他にもリザードマンや、ウェアウルフといった亜人たちも多く生活していて、亜人は独自の文化を築きながら生活しているようだった。
彼らもエクレアの姿を見つけると親しげに話し掛けてきて、エクレアの人望の厚さが伺えた。皆表情が優しいのは、争いごとにまったく興味がないからなのだろう。
街の外れの方にくると、グリフォンが数匹お昼寝していたり、ワイバーンが羽を広げて日光浴していたり、ミノタウロスが力比べをしたりと動物園なんかじゃ見られない光景が広がっていた。
「いやいや、壮観ね。みんな緩みきっちゃってまあ」
それは、ここが平和な証だ。戦うことの嫌いな子たちが、安住の地を求めてエクレアの所に集まっているのだ。
「こうやって、皆好き好きに暮らしておるのじゃ。あとは、そうじゃな。ちと離れておるが、あやつの所にも行ってみようかの」
エクレアが私のことを引き寄せる。
これは、抱っこされる流れね。
もう慣れた物で、私も大人しくお姫様抱っこされて、エクレアに身を任せる。
****
エクレアが飛んで向かった先は。山岳地帯にそびえる最も高い山の頂上だった。富士山と同じかそれ以上有りそうなほど高く、高度が上がる度に肌寒さが増していく。
もはや雲以外見えなくなってきた頃、エクレアが何かを見つけた。
「見えてきたのじゃ」
「あれは……」
エクレアが言う前に、すでにその姿は見えていた。
山頂に広がる火口の中に、何か巨大な物体が潜んでいたのだ。
エクレアはその正体を当然知っているので、無警戒のままその物体の傍に降りていく。
近くで見ると、それはあまりにも巨大で、視界に収まりきらないほどだった。
丸まっていて、まるで羽の生えたお饅頭のようだけど、その正体はなんとなくわかる。全身を煌びやかに輝く美しい鱗で覆われていたのだ。澄んだ玉虫色の鱗は驚くほど神秘的で艶めかしい。それはつまり――
「ウィールよ、久しぶりに顔を見に来たのじゃ」
エクレアが声を掛けると、巨体がブルッと震えた。
鱗が――それまでも美しかったのに、さらに色鮮やかに輝きだし、命が息づき始めたかのように、微細な動きをし始めた。
「クルルルルルル」
静かな鳴き声と共に、巨体が動き出す。
羽を広げながら、それまで隠れていた首が持ち上がり、くるりと反転してエクレアの姿を捕える。
それは、エクレアのような人型ではない。純粋な、完全に私たちの想像する竜の姿だった。
「綺麗……」
怖さはなかった。ただ心の底から綺麗だと思った。
竜の宝石のような赤い瞳が、エクレアと私を交互に見つめてくる。
『エレクトゥリアスじゃない。おひさね』
軽かった。まったく威厳も感じさせず、竜は綺麗な発音で言葉を発した。
「うむ、何年ぶりか。変わりないようで安心したのじゃ」
『誰に向かっていっているのよ。アタシは超古代竜よ。十年や二十年じゃ何も変わらないわよ』
「それもそうじゃが、人間たちに倒されていないとも限らぬのでな」
『あっはっは。アタシが人間に倒される? ないわぁ。人間程度の力じゃアタシの鱗に傷一つ付けられないわよ。そうね、例えば人間の召喚した勇者が聖剣ても持っていない限りは……』
ウィールさんの視線が、私とエクレアの持つレプリカントを交互に何度も見比べる。
ゴクリんこ、とウィールさんの喉が鳴った。
『ところで、エレクトゥリアス? さっきから気になっていたんだけど、お前の横にいる人間のような者は何かしら?』
「おお、まさにレイナを紹介するためにここに来たのじゃ」
エクレアが私に腕を絡めて、ウィールさんによく見える位置まで引っ張る。
「この者はレイナ。人間の召喚した勇者じゃが、今は妾と共に生活しているのじゃ。ウィールもレイナのことを覚えて手を出さぬようにして欲しいのじゃ」
『ヘ、ヘ、へぇ~~~……に、に、人間の召喚しちゃった勇者ね。それがなんでエレクトゥリアスと一緒にいるのかしらぁ~……?』
「うむ、よくぞ聞いてくれた。レイナはなんと人間の勇者にもかかわらず、妾にこの聖剣のレ……」
『ヒーッ! さよならーーーーーーーーーーー』
巨体に似合わぬ超スピードだった。一瞬にしてウィールさんは風のようにして飛び去ってしまった。
「……あやつめ、昔から最後まで話を聞かずに悪い方へと勝手に解釈しおる。その臆病さが今でも健在するための秘訣やもしれぬが、さすがに困ったものじゃ」
やれやれと、エクレアが羽を広げた。
「レイナよ、ちと待っていてくれぬか。あの速さに追いつくとなると、さすがに全力で飛ばねばならぬ。今呼び戻しておかねば、今度はどこへ雲隠れするやもわからぬ」
「いいわよ。頑張って誤解を解いてきて」
「うむ、行ってくるのじゃ」
言い終わらないうちに、エクレアももの凄いスピードで飛び去っていく。
「おおー、あれがエクレアの全力かぁ」
いつも私を抱いて飛んでいるときとは、桁違いの速さだ。あの様子ならそれほど時間も掛からずに戻ってくるだろう。