城下街の住人たち
城下街にて――
翌日、私はエクレア付き添いの元、城下街を見させてもらうことになった。
街のことをなんとかするにしても、何も知らない状態では意見のしようも無い。
城下街――それは、つまり、エクレアの支配下にあるとはいえ、魔物の居る場所を歩くということだ。
こ、こわ~。
エクレアの加護があるから大丈夫だとは思うのだけど、サファリパークの中を生身で歩けって言っているようなものなので、ちょっと嫌な汗が出てきてしまう。
「レイナ、そろそろ行くのじゃ」
「う、うん」
自分の首筋を確認して、キスマークが残っていることを確認する。ジャニスさんから貰ったエルフのマントも装備してるし、大丈夫だろう。……いや、フードを被ったらエクレアの加護も半減するのか。……でも、ないよりはあったほうが良いに違いない。
迷った末、エルフのマントはそのまま着ていくことにした。
****
城下街へ行く為に階下へ降りていくと、すでにお城の中にも魔物が沢山いるのが見えた。魔物というよりは魔獣だろうか。スライムやトレント。トカゲの大きなのがそこらを這い回っているのは、エクレアが竜族というのが関係していそうだ。
他にもゲームでよく見る骸骨戦士や、犬の頭部に人間の体をしたコボルトのような種族が多く住んでいるようだった。
それらは知性のないような魔獣は、エクレアの姿を見るとそそくさと物陰に隠れて姿を消し、それなりに知性のありそうなコボルト達は、談笑中? だったにもかかわらず、全員で立ち上がってエクレアに頭を下げていた。
エクレアはそれに片手をあげて応える。
ふいにコボルト達が騒がしくなったのは、私の――人間の、しかもこの世界の人間ではない――姿を見たからだろう。
「そうじゃ、お主ら、レイナに手を出すことは許さぬぞ。レイナは妾のものじゃからな」
エクレアがピタリと体を寄せて、腕を絡ませてくる。
それを見たコボルト達は、何も聞かず「ははー」と平伏したのだった。
「あやつらのような、城に棲み家を構えておる者たちは大人しいから問題は無い」
お城の外へ出ると、空から見て分かっていたけど、草木は自由に伸び放題。元は人間が住んでいたであろう石造りの家はほとんどが蔦や雑草に覆われ、見るも無惨な有様だった。
街というより、遺跡になってしまっている。
エクレアにとっては普段の風景なので、あまり気にしていないようだけど、これを人間の街以上にするとなるとかなり大変そうだ。
「ひとまずは、レイナの顔見せも兼ねて一通り見ていくのじゃ」
「う、うん」
エクレアの横にピタリと張り付き、今度は私の方から腕を絡ませる。
こんな何が居るのか分からない場所で、ほんのわずかな時間でも一人になったら命に関わる。
「城の付近には、ガーゴイルやサイクロプス共が住んでいるはずじゃ。ほれ、城の屋根のあたりにいるのじゃ」
エクレアが振り返って、お城の二階あたりを見ると、屋根のオブジェだと思っていた石像が突然動き出して、数羽舞い降りて来た。
「こやつらは、鳥とかわらぬな」
「いやいや、結構凶暴そうよ」
「ギッギっ」
わたしの言葉に反応したのか、ガーゴイルが首を傾げて小さく鳴いた。
「レイナは妾の客人じゃ、ちゃんと顔を覚えておくのじゃぞ」
ガーゴイルが、じっと私のことを見つめてくる。
「エクレアの言っていることはわかってるの?」
「どうじゃろうな。概ね理解しているとは思うが、知性はあまり高くないからのう。妾に懐いておるし、なんとなくはわかっておるじゃろう」
「そ、そう……」
割と不安だ。
しかし、ガーゴイルはちゃんと理解したのか、ギシギシと石の体を慣らしながら、私とエクレアの周りを飛び始めた。
「戻って良いぞ」
エクレアが言うと、また元の場所へと飛んでいく。意外と大人しい生き物? のようだ。
「あそこにいるのはサイクロプスじゃな」
お城から少し離れて、路地裏あたりに入ったところで、なにか大きな岩のような物を見つけてエクレアが声をあげた。
その声に反応して、岩がぐぐっと伸び上がり――いや、岩ではなく巨大な魔物――サイクロプスが立ち上がったのだった。
「何をしておるのじゃ?」
「ゴウっ」
サイクロプスは言葉を喋れないのか、鳴いて応えながら、手にしていた物をエクレアに見せてきた。
それは、お城の厨房で見たような壺だった。
「ほう、新しい物を作っておったのか」
うんうん、とサイクロプスが頷く。なんだか、この子もかなり大人しそうな感じだ。サイクロプスといったらゲームの終盤あたりで出てきてもおかしくない強敵ってイメージなんだけど。
「ゴウっ」
「ゴウっ」
どうやら、このあたりはサイクロプスの集落らしく、他にも数匹が物陰から出てきてエクレアの元へやってきた。
そして、皆が皆、手に大小の壺を持って、エクレアに自慢するかのように見せてくる。
「わかった、わかった。お主らは壺を作るのが好きじゃのう。よいよい、またエルフやドワーフ共に何かと交換してくれるように言っておくのじゃ」
エクレアの言葉に、サイクロプス達は嬉しそうに目を細める。
うーん、サイクロプスってこんな可愛い魔物だったかしら。
「あっ、ていうか、この人たち壺とか作れるのね」
「うむ、暇があれば作っておるのう」
「だったら、お風呂も作ったり出来ないかな。多分同じような作り方で、大きく広くして貰えれば大丈夫だと思うんだけど」
「ふむ。お主ら妾の言うものを作ることはできるか?」
「ゴウっ?」
「レイナが風呂を作って欲しいと言っておる」
「?」
サイクロプたちが首を傾げる。
「ええと、こういうものなんだけど」
口で言って分かって貰えるかわからなかったので、近くに落ちている枝を拾って、地面に絵を描くことにした。
ただの四角い箱だと味気ないので、足つきのバスタブを描いてみよう。
ぐりぐりと枝を動かし、猫足付のバスタブを描いて、ついでにその中に入っている人間も描いて~。お湯が出ているところも描いて~。
「できたっ、こういうのよ」
私が自慢の渾身のイラストを披露すると、サイクロプスたちが一斉にゲラゲラと笑い出した。
「ゴウッゴウッ」
「ゴゴゴゴゥッ」
「ちょっと、私の絵に何か文句でもあるのっ!」
『ゴゴーッ』
私が怒るとサイクロプスたちは震えて飛び上がり、一斉に平伏して何度も謝る素振りを見せてきた。
あら?
「いや、そこまで怒っているわけじゃないわよ」
この子たち本当に大人しいわね、と思いつつ頭を上げて貰う。
「カカっ、こやつらはレイナの勇者としての力に怯えているようじゃ」
「エクレアの加護のせいでしょ?」
「いやいや、レイナ自身の力のほうが大きいじゃろう。妾の力には慣れておるからあそこまで怯えることはないはずじゃ」
「ええ~? そうなの?」
サイクロプスたちを疑惑の眼差しで見つめると、彼らの内の一匹が、申し訳なさそうに私の絵の隣に、何かを描き始めた。
それは、私の絵の清書のようなもので、バスタブの形もキレイに整えられ、さらにはバスタブの中に居る棒人間まで私をイメージした女性にバージョンアップされていた。
「上手いわね」
素直な感想を述べると、サイクロプスは嬉しそうに頭を掻いた。
「ちょっと悔しいけど、そうよ、こういうのが欲しいの。ここに、お湯を張って入れるようにしたいの。それで、ちゃんと水を抜くことが出来るように、底に穴を空けてね。穴は、ゴム……はあるのかな。なければ木の栓でもいいから塞げるように」
私の説明を、サイクロプスたちはフンフンと頷きながら聞く。喋れなくても、こちらの言っていることは完全に理解してくれているようだ。
一通り説明し終わると、サイクロプスたち同士でなにやら話しあい? そして、そのうちの一人が指でOKサインを出してくれた。って、OKサインあるのね。




