女勇者レイナは異世界で料理をする
お城へ戻るとエクレアはさすがに疲れたようで、
「少し横になるのじゃ。ついでにスマホの充電もしておくので、充電器をかすのじゃ」
と言ってきた。
「大丈夫なの? 余計負担になるんじゃない?」
「それは大丈夫じゃ。MLCの力程度では体力はひとかけらも削られはせぬ。むしろ魔法のおかげで力の制御をせずに済むから楽なくらいじゃ」
「それじゃあ、お願いしようかな。私は頑張って夕ご飯を作るわ」
「うむ。まあ、ある物を持ってきてくれるだけで良いのじゃ」
「それは何があるか見てからね」
ベッドで横になるエクレアに、ヒラヒラと手を振って厨房へと向かう。
充電してくれるエクレアに、何か美味しい物を食べさせて元気を出させてあげたいところだ。
****
厨房は――、本当にここが厨房か? と思うほど殺伐としていた。私の家にあったようなシステムキッチンがあるとはもちろん考えていなかったけど、流し台一つ無いとは……。とにかく水回りが整備されてなさ過ぎる。まあ、百年前の日本でも似たような物だろうから、このファンタジーな世界では当然のことかもしれない。
部屋の中央あたりに、大きな石台があり、水は水瓶に溜められているものがあった。
「ふむ、水瓶があるならお風呂は作れそうね」
そこはいいニュースだ。
というか、機械的な物がないだけで、兵士は鉄の鎧を着ていたし、貴族みたいな煌びやかな服を着ている人もいたし、お金の概念もあったし、最低限の技術は確立されているはずよね。それをエクレアたち魔王サイドが知っているかはともかく、技術さえあるのならそれを作れる人を呼んでくればいいだけだ。
一度人間の街に行って、そのあたりの事情を把握しておいた方がいいのかもしれない。
「ま、とりあえずは夕食よね~」
改めて厨房を観察すると、鍋はあった。ナイフもあった。そしてお芋もあった。
「うーん、火が使いたいわね」
エクレアは、自分で火の魔法を使って卵焼きを作っていたわね。つまり、火を使えるようには出来ているわけだ。魔法はさすがに使えないから……。と、鍋の近くに二十センチくらいの石が丸く並んでいるのを見つけた。そしてこぶし大の石が二つと、小さな壺の中に、藁を細かくほぐしたようなものが置いてあった。
もしかしてこの小さめの石は、火打ち石だろうか。一つは金属っぽい感触がする。
藁をこの石で囲われた真ん中あたりに置いて、火打ち石を使って火を付けると――
なかなか原始的だけど、それが正解な気がする。
私に出来るのだろうか……。
とりあえず、藁を置いて、火打ち石を両手で持つ。
「うーん……」
まあ、やってみないことには始まらない。
勢いよく火打ち石を振りかざし、上下からぶつけた瞬間!
ガキンっという重い音と共に、盛大な火花が飛び散った。
「うわぁおっ、びびったぁーーー」
火花は見事に藁に燃え移り、すぐにメラメラと燃え始めた。
「もうっ、なんか予想と全然違うんですけど」
こっちの火打ち石はこんな性能してるのね。
私の世界基準で考えていると、色々と予想を裏切られることが多い。さすが異世界だ。
「あああ、しまった。火がこんな簡単に付くなら先にお芋を切っておくべきだった」
私は慌てて水瓶から小さい器で水を掬い、その中でお芋を洗う。そして、平らな石を探してその上でスライスしていく。多分これがまな板的な扱いをされているはずだ。スライスされた断面からは、デンプン質のような白い液体がにじみ出てくるのを見て、ジャガイモっぽさを確信した。
「ポテチっぽいの作れそうよね」
鍋を火の上に置いて、スライスしたお芋を次々に放り込んでいく。油がどこにあるのかわからなかったので、そのまま焼くしかなかったから出来上がりがちょっと悪そうだけど、今回はしょうがない。
焼けるのを待つ間に、厨房の端に並べられていた小さな壺群に手を伸ばす。
「これは絶対あれよ。調味料よね。調味料であっていてよ」
祈るような気持ちで、蓋を一つ一つ開けていく。
するとそこには塩い粉。なんかとろっとした黒い液体。緑の葉をすり潰したようなもの。等々が入っていた。使った形跡はほとんどないけど、白い粉をほんの少しなめてみると、確かに塩の味がした。
「なによ、調味料あるじゃない」
エクレアが揃えたのかどうかはわからないけど、調味料があってよかった。エクレアは調味料を使わないみたいだから、存在自体を忘れていたのだろう。
スライスしたお芋に塩を振りかけて、味を調える。
焼き上がったスライス芋は、もっちり感の強いポテチのような出来映えになった。
「うん、いけるわね」
何枚か食べると違和感もなくなり、よく口に馴染んだ。
「あとは何が作れるかしら。肉巻きポテトくらいならいけるかな。っていうか、肉と芋しかないのよねぇ。あと木の実。野菜とかお米はないのかしら。まあ今日はしょうがないか。明日にでも食材の買い出しに連れて行って貰おうかな」
そう考えながら、今度は芋を少し大きめに切って焼いていく。塩と緑の葉のすり潰したやつ――バジルっぽい味がした――をまぶしてしばらく待つ間に、干し肉を薄くスライスしていく。
薄く切った干し肉で焼き上がったお芋を巻けば完成。肉巻きポテトである。
「これもなかなかイケるわね。って、味見ばかりしてちゃダメだわ。エクレアに持っていってあげないと」
出来た物と木の実や果物をいそいそとお皿に盛り付け、二人分のお皿を持って、エクレアの元へと向かった。
****
「エクレア、夕食出来たわよ。ちょっと彩りが悪いけど簡便してね」
「ううん……? おおー、いい匂いがするのじゃ」
部屋に入ると、エクレアは手足を放りだし、口から舌を垂らして死んだように寝ているところだった。相当お疲れのようだ。
「大丈夫? そのまま寝ていてもいいけど」
「いや、空腹も限界じゃ。何よりレイナの作ってくれた物を食べずに寝たら後悔してしまう」
いや、もう寝ていたけどね、とは言わないでおいた。
「そこまでのものじゃないと思うけどね。まあでも、エクレアが今まで食べたことのない味は出せたと思うわよ。ちゃんと調味料あったしね」
「そうなのか?」
「使った形跡はなかったけどね」
言いながら料理をテーブルの上に置いていく。
「おお、何か見たことのない形の料理じゃな。これは芋を薄く切ってあるのか? 緑の物はなんじゃ? これが調味料というやつか? こっちは肉を芋に巻いてあるのか? そのような組み合わせ方があるのか。凄いのじゃ、これが料理なのじゃな」
「そうよー。本当はお野菜があるともっと彩りが豊かになっていいんだけどね」
「ううむ、早く食べたいのじゃ。――おお、そういえば充電はどうじゃ。レイナの満足いく結果が出ていれば良いのじゃが」
エクレアからスマホと充電器を受け取り確認してみる。
すると――
「凄い、凄いわっ! 87%まで回復してるじゃない」
なんと、充電は大成功していたようで、料理をしていたわずかな時間だけでかなり回復していた。
「エクレア、凄いわっ。エクレアに付いてきて大正解だったわ」
思わずエクレアを抱きしめて、頭を撫でまくった。やったわこれでこっちの世界でもスマホ使い放題よ。
「うむうむ、レイナが喜んでくれて妾も嬉しいのじゃ~」
わしわしと撫でまくっていると、エクレアはとろけるような声を出した。
「さあさあ、ご飯食べて体力回復してちょうだい。もう今日はサービスするわよ。私が食べさせてあげてもいいくらいだわ」
「それは、なかなか照れるのう」
エクレアの背中を押しながら、いそいそと椅子に座って貰う。
「あっ、そうだわ。エルフの人たちからもらった食器も使いましょ。使うと言ってもフォークだけかしら? とりあえず今日から基本的に手づかみは止めましょう」
「それが文化的な生活の第一歩なのじゃな」
「そうよー。使い方はちゃんと教えてあげるからね」
よしよし、なんだかこっちの世界でも普通に生活出来そうな気がしてきたわ。