女勇者と魔王の娘はエルフの里へと導かれる
「くそうっ、ずるいぞ剣を使うなんて」
森の番人は、緑の髪をした可愛らしいエルフの少女だった。編み込んだ横髪に小さなリボンを付けて、どうやらおしゃれの心得はあるらしい。ショートボブ風の髪型だけど、襟足だけは長めで一つに結んで背中まで伸びていた。
そして、耳は当然エルフ耳なのだけど、尻尾が――オオカミかキツネのような尻尾が生えていたのだ。
あれぇ? これ私の知っているエルフとちょーっと違うような……。
「ねえ、この子エルフなの?」
「むろんそうじゃ」
エクレアはふてくされているエルフの番人の頭をワシワシと撫でた。
「私の知ってるエルフって……いや、私の世界にエルフはいないんだけど、物語の中のエルフは尻尾生えていないのよねぇ」
「そうなのか? こちらの世界のエルフは皆尻尾が生えておるのじゃ」
「うーん、こっちの人間も尻尾が生えているっていうし、私の世界とはやっぱり全然違うわね」
「そうじゃな。こちらの世界の者は皆、耳が尖り、角は生えておらぬものもおるが、尻尾は皆生えておるのじゃ。じゃから耳がまん丸で尻尾も生えておらず、お尻が丸見えなレイナは珍しくて愛らしくて堪らぬのじゃ」
エクレアが私に腕を絡めてピタリとくっついてくる。
「進化の仕方が違ったのかしらねぇ。そういえば、私たちも大昔は尻尾が生えていたっていうし、それが自然なのかしら」
「おい、そっちの人間はなんだ。さっきから話を聞いていれば丸耳で尻尾も生えていないとは、この世界の人間なのか?」
エルフっ娘がジロリと睨んでくる。負けはちゃんと認めているようで、もう襲ってくる気配はない。
「ふっふっふ、よくぞ聞いてくれたのじゃ。この者は異世界より召喚された勇者レイナじゃ。今は妾と共に暮らしておる」
エクレアが私のことを見せびらかすようにして、前に押し出してくる。
「あっ、一応昨日からだけどね」
「何っ? 勇者だと? 勇者が何故魔王の娘であるお前と一緒に暮らすんだ。おかしいではないか。勇者だったら今すぐそこの魔王の娘を倒したらどうだ」
エルフっ娘が鼻息を荒く吐いて、エクレアを指差す。
「そこら辺は色々あってねぇ。私勇者やるの辞めたのよ。戦うとか意味わかんないし危険じゃない? この世界のことはこの世界の人が解決して欲しいし、私は元の世界に戻りたいだけなのよねぇ」
「おい、この勇者は何を言っているんだ。何処の世界に戦わない勇者がいる」
エルフっ娘が今度は私を指差して非難してくる。
「だから勇者辞めたんだってば」
「お主にはわからぬかもしれぬが、レイナは妾の考えを初めて理解してくれた友人なのじゃ。戦うことの無意味さを理解し、妾の目指す世界を実現する為に知恵を貸してくれると約束してくれた。じゃから妾はレイナがこの世界に居る間はレイナの為に出来ることはなんでもすると誓ったのじゃ。妾とレイナは共通の目的を持った、いわばつがいなのじゃ」
「なんか友人から急に恋人か夫婦みたいな扱いになった気がするけど、まあようは私はエクレアと戦う理由がないってことね。エクレアは人間と戦う気が無いって言うし、悪いことをしていない相手を攻撃するなんて、勇者のすることじゃないし、だったら一緒に居てもおかしくないでしょう?」
「なんだか言いくるめられている気がするが、まあいい。どうせわたしたちには関係の無い話だ。それはそうと、エクレアとは誰のことだ」
「無論妾のことじゃ」
エクレアが、ふふんと鼻を鳴らしながら胸を反らす。
「レイナが名付けてくれたのじゃ。いいじゃろう。エレクトゥリアスという名はどうもしっくりきておらなんだからな。お主もこれから妾のことはエクレアと呼ぶが良い」
「ふんっ、気が向いたら呼んでやる。それより今日は何のようだ。まさかそっちの人間を見せに来たわけではないのだろう?」
エルフっ娘が立ち上がってお尻の土を払う。
「おお、そうじゃったな。今日はちとパンツを作って貰おうと思ってきたのじゃ」
「パンツぅ? そんなもの穿いていたか?」
「妾の物ではない。レイナが穿く物を作って欲しいのじゃ。見よ、レイナの世界ではこのような上質なパンツを穿いておる。これと同様の物を作って欲しいのじゃ」
言いながらエクレアが私のスカートをめくり上げた。って――
「ちょーい。何するのよっ!」
慌ててスカートを押さえつけるが時既に遅し。
エルフっ娘は確実に私のパンツを凝視していた。
「ふ、ふんっ。わたしに色仕掛けなんて通じないんだから。わ、わたしはお姉ちゃん一筋なんだからっ」
「はっ?」
なんだかおかしな言葉が聞こえた気がしたけど、エルフっ娘はスタスタと森の奥へと歩き出してしまう。
「ついてこい。腹だたしいが負けは認めてやる。里への出入りを許可してやる」
「まったく、余計な事などせず、初めから案内すれば良いものを」
エクレアが私の手を握って、エルフっ娘の後を追いかける。
「ねえ、あの娘の名前はなんていうの?」
エクレアに問いかけたが、意外にもエルフっ娘がこちらを振り向き自分で答えてくれた。
「わたしはティア。この森の番人にして、近いうちにそこのエクレアを打ち倒す者だ。覚えておけ」
「いや、どう考えても今の実力では無理じゃろう」
「うるさいっ」
頬を膨らませながらティアが止まり、空中に手をかざして何かを呟いた。すると目の前の空間に波紋のようなものが広がった。波紋が大きくなるにつれ、不思議な光景が広がる。交互に現れた波紋の輪に何か別の景色が映っているように見えたのだ。
「さあ、入れ」
ティアが波紋の輪に入るように促すと、エクレアは当たり前のように私に腕を絡めたまま歩き出す。
「これがエルフの里への出入り口ってこと?」
「そうだ、早く行け」
ティアも後から付いてきて一緒に波紋をくぐると、そこは今までいた森がなくなり、やや開けた場所に藁葺き屋根の住居がいくつも並ぶ不思議な景色が現れたのだった。