これが本当の羽布団?
エクレアに抱かれたまま案内された寝床というのは、元はこの世界の人が使っていたであろう寝室っぽかった。
ベッドのような物はあるけど、マットレスや掛け布団なんて物はなく、ただベッドの土台があるだけだったけど。
「少し待つのじゃ」
エクレアは私を下ろすと、いそいそとベッドの後方に置いてあった藁を敷き詰め始めた。
「なるほど、そういう感じなのね」
奮発しているのか、エクレアはこれでもかというくらいの量の藁を敷いていく。なんとなく鳥の巣作りを想像してしまう。いや、竜の巣作りか。
「人間がこれをどうやって使っていたかは知らぬが、これでどうじゃろう」
「うーん、とりえず横になってみる」
ちょっと乗るだけで藁がぽろぽろと落ちてしまうが、寝転がってみると感触的には悪くなかった。
「そうね。これはこれでいいけど、やっぱり布団が欲しいわ。あと、結構ちくちくする」
どうしても露出している肌に藁が当たって気になってしまう。
「藁の上に布でも敷くといい感じになりそうなんだけど」
「布か、それだけ大きな物はすぐには用意出来ぬのう……そうじゃ、レイナ体を起こしておくれ」
「うん?」
言われたままに上半身を起こすと、隣にエクレアが並んで来て、片羽を藁の上に広げた。
「これでどうじゃ」
「どうじゃって、羽の上で寝ろって事?」
「うむ」
エクレアが私の体を引っ張り、強引に羽の上に寝かせる。
「えー、これ羽が痛いでしょ? 絶対重いし」
「痛くなど無い。レイナの重さなど鳥の羽一枚ほどにも感じぬ」
「もう、エクレアって結構キザよね」
そう言われて悪い気はしないんだけど。
「あっでも、エクレアの羽って皮だけかと思ったら、うっすらと毛が生えてるのね。起毛仕立てじゃない。微妙なモフモフさ加減が気持ちいいかも」
悔しいことに寝心地が遙かに良くなってしまった。でも――
隣を見れば、エクレアの顔がすぐ傍にある。
これって、腕枕されてるのと一緒じゃない。
思わず顔が熱くなり、目を逸らしてしまう。
「どうじゃ? ダメかの?」
「ううん、寝心地はいいわよ。でも、本当に羽は大丈夫なの?」
「なんともないから安心するのじゃ」
エクレアが私を少し抱き寄せて、もう一枚の羽を体の上から掛けてきた。
「これが本当の羽布団ってやつかしら」
エクレアに抱きしめられて眠るような感じになってしまい、心臓の鼓動が高鳴る。
「もうっ、明日の朝、羽が痺れていても知らないからね」
羽に包まれているのは本当に心地よく、眠気が我慢出来ないほど襲ってきた。
「大丈夫じゃ何も心配いらぬ」
「うん、じゃあ、お言葉に甘えるわ」
観念してエクレアに抱きついて目を閉じた。
「お休み、エクレア」
「うむ」
目を閉じればあっという間に意識が遠ざかる。
こっちの世界に来てどうなることかと思ったけど、安心して眠れる場所を見つけられて良かった。勇者だとかなんだとか良くわからないことばかりだけど、少なくともしばらくはエクレアと一緒にいればきっと大丈夫。
****
ピピピピピ、ピピピピピ。
いつもより遠くの場所でスマホの目覚ましが鳴っている。
そんな遠くに置いたかなと、無意識に手を伸ばしてスマホを探し当てようとすると、肉まんのような柔らかい何かを触ってしまった。
はて? ベッドに肉まんなんてないし、ぬいぐるみを置いた記憶もない。だったらこの柔らかい物体はなんだろう。
「レイナは朝からこういうことをするのかの?」
「あっ」
と、その声を聞いて一気に目が覚めた。
目を開けばエクレアが少し戸惑った表情を浮かべて私を見ていた。
私の手はエクレアのおっぱいをしっかりと握りしめていた。先ほどから感じていたやわらかな物体はどうやらこれだったらしい。
そうだった、ここは私の部屋ではなく、それどころか私の居た世界ですらなかった。
二度三度とエクレアのおっぱいを揉むと、エクレアは何も言わず目を細めて小さな吐息を吐いた。
「いや、寝ぼけていただけだから」
「レイナが望むのなら妾は構わぬのじゃが、出来れば繁殖期まで待って欲しいのじゃ」
「いや、大丈夫だから。っていうか、そういうのがあるんだ」
さすがに起き抜けに同性を襲う趣味はない。
慌てて体を起こして、ベッドから少し離れたところにあるバッグをたぐり寄せる。バッグからスマホを取り出すと、目覚ましがいつもの時間にいつも通りに起動していた。
「うう、昨日電源切り忘れた」
バッテリーはもう残り40パーセントを切っていた。大ピンチである。
「何か鳥でも鳴いているのかと思ったらスマホが鳴いておったのか? それはそのようなことも出来るのか、凄いのう」
エクレアが興味津々に覗き込んでくる。その表情は触ってみたいと案に語っていたが、私が浮かない表情をしているので言い出せないのだろう。魔王の娘にしては我が儘なところがない。これだけでもエクレアのことが信用出来るというものだ。
こうして食事も寝る場所も提供してくれているのだし、スマホを触らせてあげたいところなんだけど……。
うーん……。もしかしたらって実は昨日ちょっと思ったことがあったのよね。
私はバッグから充電器を取り出す。
「ねえ、エクレア。魔法で電気って出せないかしら。電気っていうか、雷? イカヅチ? とにかくそんなようなの」
「むろん出すことは出来るぞ」
「出来るの?」
「魔法ではなく妾固有の力じゃが。まあ、ちょっと離れているがよい」
言われるままにベッドから降りて、エクレアから離れる。
エクレアは、手の平を上にかざして集中すると――
バチっと、いう音と共に、青白い電気のような物が、かざした右手の周囲を駆け巡った。
「どうじゃ。これが妾の雷撃じゃ」
「おおー、凄い。でも、ちょっと出力が強い気がする。もうちょっと弱く出来る? 100ボルトくらいにしてもらえるといいんだけど」
「な、なんのことじゃ。しかし、弱くするのは意外と難しいぞ。ううむ」
エクレアは頑張って出力を落とそうと力を抜いていた。雷撃が少しずつ弱くなっているように見える。これくらいならいけるだろうか。もうこれは賭けだ。上手くいくかどうかは神様に祈るしかない。
「エクレア、その状態でこれの先端を握ってみて」
充電器の差し込みプラグをエクレアの近くに置いて、ケーブルをスマホに差し込む。
もし、ヤバそうならすぐに抜けるように構える。
「ふむ、これを握れば良いのじゃな。雷撃を出した方の手で良いのかの?」
「うん、それでお願い」
あー神様、お願い上手くいかせて下さい。
エクレアが恐る恐るプラグに手を伸ばして、ゆっくりと握り込む。
すると――
充電を示すランプが――付かない。いや、付かないって事は電力が足りてないって事だから――
「エクレア、そのまますこーしずつ出力上げれる?」
「弱めたり強めたりと難しいことを言うのう」
それでもエクレアは私の言う通り、少しずつ出力を上げていき、そして――
充電のランプが点灯した。
「きたわぁ。そのままその出力を維持して」
「う、うむ」
やった、充電成功だわ。これで私に怖いものはない。スマホさえ充電できるなら、この世界でも生きていけるかもしれない。