女勇者は魔王の娘の加護を受ける
空を飛んでいたのは一時間くらいだったかしら。結構スピードが出ていたはずなのに、私の体にはあまり風が当たらなくてちょっと不思議な感覚だった。魔力の障壁が出ているってエクレアは言っていた気がする。
空の上でエクレアに私の世界のこと、まあ主に学校生活のことを話すとエクレアは面白そうに話を聞いてくれた。エクレアたち魔王サイドには学校なんてものがないらしく、当然まともな教育もしていないらしかった。せいぜい親から子へ生きる術だとか、戦いの仕方を学ぶ程度らしい。
エクレアには教育係がいたので、常識が――一応あるっぽかった。
教育係の人に感謝だ。
エクレアたち魔王軍の皆さんは、どうも知性のある人は少ないようで、その少ない知性を持った人たちが魔物を使役することでこの世界の人間と戦っているってことらしかった。
命令に従わせられるというのは凄く便利なことのように聞こえるけど、実はそうでもないらしい。なにせ直接指示を出さないといけないので、広範囲の戦線を維持するのが難しいのだとか。
そういえばRPGゲームなんかでも道中戦うのは魔物ばかりで、イベントシーンになってようやく話のすることの出来る敵さんが出てくるなと思い出した。
それで人間と互角に戦えているのも凄いけど、エクレアはそんなことは馬鹿らしくてやってられないと、戦いに参加したことはないのだとか。
いい加減人間を相手にするのは止めて、今ある領土の中で国を発展させていきたいというのがエクレアの願いだった。
エクレアの考えにはひっじょーに賛同できる。
勇者として働く気のない私としては、出来れば平穏な日々をこの世界で暮らしたいものだ。
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「ここが妾の城じゃ」
少し古びたお城の最上階に降り立ち、エクレアが優しく私を地面に下ろしてくれた。
「ありがとう、お疲れ様」
日が落ちかけ、視界があかね色に染まる。強い風が吹き付ける中、髪を押さえながらエクレアに視線を送る。
石造りのお城と、角と尻尾と羽の生えたエクレアの姿はとても溶け込んでいたけど、改めてここが異世界なんだと認識させられた。
なんとなくスマホを起動させて、エクレアの姿を撮影してしまった。
「結構飛んできたけど、もうこの辺りには人間は全然いないの?」
空の上から街らしき物はいくつか見えたけど、どの辺りで人間と魔王の勢力図が別れているのかはわからなかった。
「そうじゃな純粋な人間はおらぬな」
エクレアは私の隣に来て、スマホに映った自分の姿を覗き込みながら答える。
「そう……。ちなみにこのお城の中には魔物がわんさかいたりするのかしら」
「魔物は下の階にはおるが、上の方へは上がってこぬな。まぁ基本的に大人しいやつらばかりじゃ。人間とも戦ったことのあるものはおらぬ。とはいえ、レイナを見つけて襲わぬとも限らぬのでちょっとした術を掛けておくかの」
「術?」
「そうじゃ、レイナが妾の仲間であるという証を刻む。それが残っている間は、レイナのことが妾と同じくらい強い存在だと認識される。知性を持った者には効き目は薄いが、その場合は証を見せれば理解するはずじゃ」
「ふーん、魔除けみたいなものね。それじゃあお城の中に入る前にやってもらったほうがいいわね」
「うむ、では、服を少しはだけさせて首筋を出すがよい」
そう言ったエクレアの瞳が輝く。嫌な予感がするなぁ。
「ええと、何をするのか聞いておきたいのだけど」
「なに、大したことはせぬ。レイナの首筋に妾がキスをして妾の魔力を刻みつけるのじゃ」
「ええー、それってあれでしょ、キスマーク付けるんでしょ? エクレアがやりたいだけなんじゃないの?」
「違うのじゃっ、本当にそうすることでレイナを守ることが出来るのじゃ」
「本当かなぁ」
と言いつつ、シャツのボタンを外して、首筋が見えるようにする。
「ま、いいわ。やって」
「言っておくが本当に本当じゃからな。ちょっと興奮してきたのは事実じゃが」
エクレアが私の腰に手を回して抱き寄せる。
「ちょっと! 事務的にやってよね。変な雰囲気出されても困るんですけど」
「嗚呼、やはり美しい。きめ細やかな肌に指が吸い付くようじゃ」
「んっ」
エクレアが首筋をつーっと撫でる。思わず変な声が出てしまったので、エクレアを睨んだが、エクレアは私の首筋を凝視したままだった。
「レイナは良い匂いがする。早くレイナのパンツを妾の物にしたいものじゃ」
「馬鹿なこと言ってないでさっさとして」
「うむ、そんなにもして欲しいのなら仕方がない」
エクレアが私の首筋をひと舐めして、次の瞬間強く吸い付いてきた。
「んんっ」
その力強さに体の力が抜けてくる。
熱い。口づけされた箇所が燃えるように熱かった。
三秒ほど吸い続け、唇を離したエクレアは、小さく、
――真竜の加護
と唱えた。
途端に首筋から熱が消えた。
「終わった?」
「うむ、これでレイナは妾の物という証が付いた」
「ええっ、なんか話ちがく無い?」
インカメラを起動して証とやらを確認すると、それはもう見事なほどのキスマークが付いていた。
「うわー、超目立つじゃん。見えるところにわざと付けたでしょ」
「それはそうじゃ。見せつけなければ分からぬ者もいると言ったであろう」
「うう、そうだけど……」
それにしても目立つ。術とやらのせいで、普通のキスマークよりも色濃く残っているのではないだろうか。初めてキスマークなんて付けられたけど、こんなにも恥ずかしいとは思わなかった。
「それでレイナが妾の影響下にいる魔物には襲われなくなったのじゃ」
エクレアは満足げに笑みを浮かべて、荒い鼻息を吐いた。
「エクレアの影響下にない魔物には効果ないの?」
「効果が無い事はないが、効き目は薄い。誰かの庇護にいるというのはわかるじゃろうが、それが妾とは気がつかないじゃろう。手を出すと危なそうとは思うはずじゃから、まぁ大丈夫じゃろう」
「ふうん、まあ多少なりとも安全になるならいいわ」
もう一度だけキスマークを確認してスマホをしまう。
「それでは妾の城へようこそ。異世界から来た勇者レイナを歓迎しようぞ」
「ハイハイ、案内お願いね」
差し伸べられた手を取って、私とエクレアはお城の中へと入ったのだった。