第15話
王都についた俺たちは、とりあえず元々決めていた通りに冒険者ギルドに向かっていた。
そんな時だった。大通りを1つの人の乗った御輿が護衛を携え、大名行列のようにやってきた。奴隷と思われる男の奴隷が数人四つん這いになって御輿を支えていた。乗っていたのは清潔感はかけらもなく、見た目は豚という言葉がお似合いというような男で心眼でみるオーラは真っ黒だった。
「あれがソーマ王国現国王ゲーデル・ソーマです」
メゴールは忌々しそうに言う。
心眼を使わなくてもわかる、下衆と言う言葉がふさわしい男だ。サキアを私利私欲で侵略したのも納得できる。この男ならやるだろう。一番嫌いなタイプだ。
しかし、事態はそれだけでは終わらなかった。
ゲーデルの御輿の後ろには、一人の少女が鎖で繋がれていたのだ。
5、6歳程度に思えるその少女はボロ雑巾のような服を着せられ、見える体の所々には青い痣がちらほら見えていて、今にも折れてしまいそうだった。恐らく容姿端麗であるその姿は見る影もない。きっと何度も何度も殴られたのだろう。
もしゲーデルが国王でなければすぐにでも飛びかかっていただろう。俺が現代日本でこの状況を見たなら佐々木グループで俺が持てる力全てを使ってその男を潰しただろう。しかし俺は目をつぶった。メゴールと俺とガンゾなら少女を救って逃げるくらい可能だろう。だが、ここで何か国王相手に問題を起こせばサキア人を救える可能性はかなり低くなる。俺には部下に対して責任がある。一時の感情に流される事はできない。
しかし、そう思っていた矢先、隣から急にガンゾが我を忘れた様子で大通りの御輿の前に飛び出していった。しかも事もあろうに亜人化状態だ。メゴールが咄嗟に反応するが俺はそれを制し、王都までの旅に身につけた、短距離転移を使いガンゾに追いつき、力一杯ガンゾの頭を地面に叩きつけた。しかし時すでに遅し。俺たちはもう王の御輿の前だった。
すぐに警備兵に取り囲まれる。ガンゾは当然転移を使えない。転移は人を連れて逃げる事はできない。
まずい。どうにかしてこの状況を打破しなければ、王都からの逃亡、最悪はソーマ王国にもいられなくなる可能性すらある。
「大変申し訳ありません。ゲーデル様。この猿は私の奴隷にございます。本当に動物のように動き回り、この度もゲーデル様の高貴なお姿に興奮してしまったようでして。二度とこのような事がないよう躾を致しますのでどうか許していただけないでしょうか」
今はとにかく出来るだけ目立たずにここを去るしかない。
頭を押さえつけたままのガンゾに絶対に動くなと耳打ちする。
しかしそれまで黙って事態を眺めていたゲーデルだったが、ここで急に、にやりと見透かしたように笑った。
「その亜人、もしかすると、サキア人ではないかな?おおかた王女を見つけて飛び出してきたといったところだろう。私の御輿の前に出てきたんだ。死刑は免れまいが、どうせ死ぬなら王女の前が良かろう。この場で殺してやろうではないか」
あの少女は王女だったか...しかもこの男の笑顔。サキアの中で亡命した人間がこうやって出てくることすら計算すらしていたんじゃないだろうか。
....なら、どうやっても生き残る術はないか。
もうここは戦うしかない。
そう思って立ち上がろうとした瞬間だった。
「サキアの民のご無礼は王女である私の責任。ゲーデル様、この者の罰はどうか私に」
王女が5歳とは思えない程堂々と言い放ち、
俺たちの前に表れて両手を広げた。
よく見ると彼女の体はかすかに震えていた。
それを見てゲーデルは手を顎に当て、考えるような素振りをすると、何かを面白い遊びでも思いついたかのように、笑いながら言い放った
「ふむ。面白い。同じ王族として、民を守る姿勢に心を打たれたぞ。例えそれが畜生にも劣る亜人であってもな。いいだろう。
もしお前がこの場で二十回の鞭を泣かずに受け止め切れたなら、特別にこの者たちの罪をなくしてやろう」
そこからは人生で一番長い1分間だった。ゲーデルは警備兵の持つ鞭を使い、王女の体を何度も何度も打ち付けた。肌から血を流し、おそらくその痛みは大の大人ですら発狂するほどの痛みであろうに、彼女は一度も泣かなかった。 場は長い静寂に包まれ、鞭の音だけが1分間響き続けた。
そして、ついに長い長い20回は終わりを告げ、俺たちは許された。
王女は、歩けるような傷ではない、痛みではないはずなのに、その小さな足でゲーデルの御輿と共に歩いて行った。
きっと俺はこの後ろ姿を一生忘れる事はできないだろう。
ゲーデルの御輿が去って人だかりも消え、俺たちだけが大通りに残っていた。ガンゾはまだ頭をあげずに泣いていた。
情けない。なんて情けない..
何が佐々木グループ総裁だ。
自分の三倍も年下な少女が目の前で鞭にうたれ懸命に耐えていたというのにその姿を見ている事しか出来なかった。
メゴールの家で俺は二人に後悔はさせまいと誓った。
しかし俺はガンゾの涙に応えてやる事すら出来なかった。
少ししてメゴールがやってくる。メゴールも相当思うところがあったんだろう。表情は暗い。
「メゴール、失望したか?」
俺はそう尋ねた。
「....あれが最善でした。我々の」
そうだ。最善だった。少女が鞭で打たれているのをただ黙って見つめる事が今の俺の、俺たちの最善だった。
だが絶対にここで立ち止まるわけにはいかない。止まってしまったら、王女の行為は全て無駄に変える。
必ず救い出す。いや、ただ救うんじゃない、最速でだ。
「ガンゾ、メゴール。よく聞け。一年。一年だ。それで俺たちはこの国の頂点まで登るぞ。俺たちの、サキアのために身を張った王女の勇気に報いるためにも立ち止まる事は許されない。俺たちは今日の事を忘れてはならない」
三人で固く固くそう誓った。