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七(Side─B)、悪夢。

  七(Side─B)、悪夢ループ



 あれから幾度となく、この『偽りの思い出の日々』を演じていったのだが、結局私は自分の目の前でめぐみを失ってしまうという、同じ結末を繰り返すばかりであった。


 確かに最初のうちは自意識を保持していて、かつての過ちを解消しようとしていたはずなのだが、過去の世界にいる時間を重ねているうちに、いつしか元の世界の記憶が薄れていき、あたかも小説等の回想シーンの登場人物そのものとなり、すでに確立された過去の物語ストーリーに従ってただ決められた行動を繰り返していくだけの、操り人形になってしまうのだ。

 あれほど「もしも過去に戻ることができたら、すべてをやり直してみせる」と心に誓っていたというのに、しょせん人間とは同じ過ちを繰り返すことしかできない、愚かな存在に過ぎないのであろうか。


 ──いや、そんなことはない。私はけして、あきらめるわけにはいかないのである。


 もう一度この手の中に、恵を取り戻すまでは。


   ☀     ◑     ☀     ◑     ☀     ◑


 毎回修正すべき時点に来たとたん、なぜか必ず記憶を失ってしまう悪循環的無限ループが続いていくというのなら、いっそ部分的ではなく全体的に、過去の世界の修正を試みてはどうだろうかと思いつき、とにかく現実世界の記憶があるうちにできるだけ、過去の事実と反するようなことを何でも試しにやってみようと、私は故意に勉学をおろそかにして自分の成績を下げたり、授業中に奇声を発したり、名門校にあるまじき派手な服装や化粧をしてみたりといった、本来の私ではけしてあり得なかった、突飛な行動を取るようにしていった。


 そうすれば少なくとも、この偽りの物語の作者であり主人公である私の周囲の日常的空間に変革をもたらすことができ、ひいてはその積み重ねによって、やがてはこの過去の世界全体を変えることにも繋がるはずだと考えたのである。


 このように極小規模とはいえ常に脇道に逸れ続けることによって、『決められた過去のルート』を完全に逸脱し、お陰でそれ以降現実世界の記憶を失うことはなくなったのだが、その結果私は常識外れの変人のレッテルを貼られて、学園内ですっかり信頼を失ってしまったのだ。

 当然である。たとえ過去の夢の世界の中とはいえ、そこに存在している限りは、当人にとっては『現実の世界』に違いないのだ。それなのに周囲を顧みず奇矯な行動ばかり取り続けていれば、社会的存在として失格の烙印を押されてもしかたないであろう。

 しかしこれだけの自己犠牲を払ってもなお、過去の世界そのものを変容させるにはまだまだ足りなかったのだ。

 こうなったらもはや破れかぶれの最後の手段ということで、私は無謀にも恵にちょっかいをかけてきたソサエティに対して、彼女を守るために敢然と刃向かってみせたのである。

 本来の私であれば相手が誰であれけして後れを取ることなく、対等に渡り合うことができたであろう。

 だがそれまでの数々の奇行により、私の学園内の地位はすでに地に墮ちていたのであり、ソサエティにとってはもはや単なるゴミみたいな存在に過ぎず、恵ともども反抗者として、凄絶な『制裁いじめ』の対象にされてしまったのだ。


 ──そしてそれはある意味、私にとっては望み通りの状況であった。


 なぜなら学園という唯一絶対の居場所において、自らいじめのターゲットになるということは、思春期の少女にとってはまさしく、『世界の崩壊』を意味しているのだから。


 それ以来私と恵は、ソサエティを中心にして学園あげての、陰惨ないじめを受け続ける日々となった。

 しかも現在現実世界において昏睡状態にあるソサエティの主要メンバーたちは、実は私同様に現実世界の記憶を持っているらしく、「自分たちが昏睡しこんな過去の夢の世界の中に閉じ込められてしまったのは、おまえのインチキ作品のせいだ」と悪し様に罵倒してきて、何と私がこれまで著してきた、様々ないじめ小説の作中の手口をあえてなぞらえた、残忍極まるいじめの数々を弄してきたのだ。


 特にデビュー二作目の『少年』を模したときなどは、壮絶の一言であった。


 まさしく作中のクライマックスシーン同様に、私と恵はソサエティの連中に引きずられるようにして体育用具室に連れ込まれるや、何とそこで待ち構えていた男子高校生十数人から、代わる代わる暴行を受けたのだ。

 私の作品では、被害者となったのは年端もいかない少年であったが、まさか自分自身が中学生の身になって、同じ目に遭うとは想像だにしていなかった。

 これぞまさに因果応報というものか。とにかく幼い中学生の少女たちが耐え得る責め苦であろうはずがなく、私も恵も行為の途中で意識を失ってしまったのだが、男たちは容赦することなく、私たちの未熟な身体の外側も内側もすべて、自分たちの吐き出す欲望の穢れで満ちあふれさせていったのだ。

 こうして私たちは完全にソサエティの奴隷となり、それ以降授業に出ることもなく、文芸部の部室の中で、哀れで従順なる『メス豚』として飼われることになった。


 だが、これでいいのだ。


 同じいじめの被害者となったことで、私と恵の仲は以前よりも密接タイトなものとなったし、こうして私が耐え続けている限りは、恵が一人で勝手に自殺してしまうこともないだろう。

 恵を守り続けられるのなら、人間としての尊厳プライドなんて必要はない。このまま豚奴隷として蔑まれ続けることになろうが、むしろ本望というものだ。

 床の上に四つん這いになって、御主人様であられるソサエティのリーダー格の姫岡ひめおかあずさ様の人間椅子になりながら、そのように歪んだ自己満足に浸っていたまさにそのとき、同じく目の前で梓様の足置きとなっていた恵が、密やかにささやきかけてきた。


「──本当にそうなの? これがあなたの真の望みなの?」


 ……え?

「あなたはこんな惨めな奴隷となって、私とともに生き恥をさらし続けるために、あんな偽りの物語を創りあげて、過去をやり直そうとしたわけなの? ──いいえ、違うでしょう? ちゃんと思い出してちょうだい!」

 ……そうだ……そうだ……私はいったい……何をやっていたのだろう。

 こんな惨めな有り様で生きのび続けて、どうなるというのだ。今の私たちは本当の意味で、生きていると言えるのか?


 そうだ! 私の願いは断じて恵を自殺することから思いとどませることでも、そのためにプライドを捨てて、ただ惨めに他人の奴隷となって生き続けることでもなかったのだ!


「うふふふふ。ようやく思い出したようね」

 気がつけば私たちはすでに、初夏の晴天の下の本校舎の屋上にいた。

 二人の腕には、二度と離れ離れにならぬようにしっかりと、恵の瞳の色と同じ茶褐色ダークブラウンのリボンが結びつけられていた。

「うん、やっと思い出したよ。私がやりたかったのは恵を止めることでもなく、共にこんな腐った現実世界で生きのびることでもなかったの。──そう。私の本当の願いは、二人が一番光り輝いているこのときに、恵と一緒に死ぬことだったんだわ!」

「うふっ。それじゃあ、行きましょうか」

「ええ」

 最後に同時に微笑み合うや、私たちは手を繋いだまま鉄柵を乗り越え、屋上の際へと降り立った。

 そして今まさに青空へと身を躍らせようとした、その刹那であった。


「──やめて! そんな奇麗な幕切れなんて、けして許すものですか!」


 突然背後から響き渡ってくる、妙齢の女性の声。

 振り向けばそこには、淡い孔雀色ブルーグリーンのパンツスーツと涼しげなオフホワイトの開襟シャツにほっそりとした肢体を包み込んだ、二十代後半の女性が、知的に整った顔をむき出しの憎悪に歪めながら立ちはだかっていた。

 縁なし眼鏡の奥の、いつもは文字通り茶目っ気たっぷりの薄茶色の瞳が、茶褐色ダークブラウンにすら見えるほどに暗く沈み込んでいる。


「……ひろみさん?」


 そう、それは、私(まつ)かえでの現実世界における担当編集者、天原あまはらひろみその人だったのである。

 次回、いよいよクライマックスの第八話と最終話の二本は、明日8月9日のお昼の12時頃に公開いたしますので、どうぞお見逃し無く!

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