窮地
――――――――佐倉涼太――――――――
ゼフは俺たちのパーティーの主軸だ。彼はディフェンダーで、盾を駆使して前線を維持する要を担ってる。大きな魔獣が相手でも物怖じしない彼の頑強さは常に安定していて、ひとたび敵に油断が生まれれば手にもった長剣で致命を負わせるしたたかさも持つ。
テューンもそんなゼフにもっとも近い位置で立ち回る。彼女は魔力を自分の体内で遣り繰りする術に長けていて、具体的には強化魔術を得意としている。得物は大斧や大剣など様々なものを使いこなすが、もっとも愛用しているのがゼフの剣より一回り大きい柄が長めのロングソードだ。それを片手か両手、臨機応変に使うのが彼女の戦闘スタンスだ。それは彼女の魔力を帯びた斬撃がうちのパーティーの最大火力であり、小回りのきく動きができるゆえの選択だ。
その少し下がったところで後衛を守るように立ち回るのがラフィカだ。彼はゼフが何らかの理由で後退を余儀なくされたときの交代要員でもあり、混戦に突入した際の第二の壁役でもあり、そして状況によって後衛との位置を変えて最後尾を守護する役にもなる前衛よりのオールラウンダーだ。全体をよく見てないと機能しない役割なのだが、ラフィカには荷が重く、もっぱらテューンの指示に従っているのが現状だ。
だけど、それを補って余りあるスペックをラフィカは持っていて、そのうえ補助魔術で前衛後衛ともに支援できるおまけつきだ。判断能力を磨けたらラフィカはうちのパーティーで一つ抜きんでた存在になる。まあ、あの性格だからそれが一体いつになるのやらゼフの気苦労の種になってるのだが。
マテは斥候で、遊撃手だ。俺たちの中で一番すばしっこく、投擲の腕はピカイチだ。横からチャチャをいれて敵の集中力を削いだり、チャンスがあるなら首を掻き切りにいくトリックスター。頭が沸騰した魔獣が彼女に近づこうとしても決して追い付けず、そんなことをしてしまえば他のメンバーの餌食になる。
篠塚は治癒術でのサポートだ。今の編成だとラフィカと俺に厳重に守られる形になる。戦闘には直接参加せず、常に怪我の治療に専念している。
そして、問題は俺である。俺は剣術にしても魔術にしても中途半端で、これといって突出すべきスキルを持ち合わせていない。辛うじて魔術が多少使えるからラフィカと同じ中衛をやらせてもらってるが、正直貢献度で言えば最下位を堂々ひた走るお荷物に他ならない。それだけ他のメンツの腕が立つ証拠で、俺はこのパーティーに入れてもらえていることに誇りすら感じている。
その俺の尊敬してやまないメンバーが今目の前でばっさり切り捨てられている。その光景はまるで悪夢だった。
盾を使ったタックルでエルドリッチの動きを止めにいったゼフ。
だが、エルドリッチの拳を構える動作はフェイクだった。空中の何もないところから突如として禍々しい魔剣が出現し、その柄がエルドリッチの手に収まる。そして、そのままゼフの身体を盾ごと切り裂いた。
俺は唖然とした。まるで曲芸だ。そんなことがありえるのか。師匠という存在を目の当たりにしながら俺はそんな間抜けな思考に囚われた。
次はテューン。彼女はゼフを切り裂いた魔剣とは逆の手に握られた赤く燃え滾る細剣に心臓を貫かれた。彼女もまた思考の切り替えが遅れ、なすすべもなく地に伏した。それほどまでにエルドリッチの手際は洗練されていた。
マテの投げナイフが正確にエルドリッチの眉間に迫る。
ゼフを切り伏せ、テューンを刺し貫いてエルドリッチの動きは封じられた。命中するはずだった。エルドリッチの全身を守るように巨大な盾が床に突き立ち、ナイフはあえなく弾かれた。そして、エルドリッチはその盾をあろうことか蹴り飛ばす。予想もつかない出来事の連続でマテは避けられたはずのその一撃に身構えることができなかった。
どれほどの威力をもっていたのだろうか。盾はマテを巻き込んでギルドの壁を破壊して外に放り出された。
「なんだ、少しは歯ごたえあるかと思ったんだがよぉ!」
俺たちを煽るような言動。だが、その気迫に圧されて俺の全身は震えて力が入らなかった。篠塚も今の一連の惨劇を前にただ茫然と立ち尽くしているしかできなかった。
これが大英雄エルドリッチ・エルリック。
吸血鬼の力を借りたところで覆らない人類の頂に君臨する存在。この窮地を一体どうやったら乗り切れるのか、俺にはまったく見当がつかない。
「ふぁーっはっはっは! 真打ちは遅れて登場するもんさぁ!」
いきなり始まった戦いにパニックになった室内に一気に沈黙が訪れた。ギルドのカウンターに土足で立ちふんぞり返って大声を上げた男の一挙手一投足に注目が集まる。
あれは、まぎれもなくラフィカだ。
「普通なら致命傷だが、三人とも無事だ。私が死なないかぎり命が絶えることはまずない」
師匠がラフィカを無視して俺の耳元で囁く。彼女もまた危機感が欠如していると言わざるをえない。どの道ここで全滅すれば、俺たちの命はないのだ。
俺は篠塚を一瞥する。この異世界にきたとき、俺は彼女を守ると決めた。それは押しつけがましい決意だけど、篠塚だけが俺があの世界にいた証明なんだ。彼女がいなくなったら、きっと俺には何も残らない。なんて女々しい覚悟なんだ。俺すらそう思う。だけど、それが今の俺の原動力だ。
「ずいぶん派手な登場すんじゃないの」
「あんたこそ、どこの誰だか知らないけどよ。派手に暴れてくれてるじゃん? ここってさ、依頼受けたり手続きしたり至って退屈なところであって物騒なもん振り回すとこじゃねーわけ。おまけによぉ、あんたが怪我させたのって俺の仲間なんだけど?」
え、ラフィカさんもしかして目の前の敵が誰なのか知らないんですか?
さすがに篠塚も、知らないで喧嘩売ってるんだ、とぼそっと呟いてるのが聞こえた。
「はぁ、御託はいいからかかってこいや。ブルってんのか?」
「おう、今行ったるからよ! ビビって漏らすんじゃねえぞ!?」
そう言って、カウンターから飛び降り、ラフィカは自分の得物を構えた。彼の得物は短槍だ。兵士をやってた頃は剣を扱ってたが、槍のほうが性分に合うらしい。彼の槍捌きは実に鮮やかなものである。
その槍を握って一直線。ラフィカはエルドリッチに突進した。
距離にしておよそ10メートル。その距離をラフィカが肉薄する。
そして、詰め寄るごとにラフィカのズボンがずり落ちていった。完全に下がりきったのはちょうどエルドリッチの前だった。
「ちょっと待って! ベルトちゃんと締めてなかった!」
ラフィカの訴えも虚しく、エルドリッチの前蹴りがラフィカのみぞおちにめり込んだ。
俺は今日死ぬかもしれない。