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異世界不死者と六人の弟子  作者: かに
第一章 囚われしサージェス
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英雄登場

 ――――――――佐倉涼太――――――――


 間もなく届けられた料理をたらふく掻き込んで俺たちは冒険者ギルドへ足を運んだ。

 しかし、以前の肉体と比べて満足感は得られず、師匠の言う通り鉄分を多分に含んだ食事をとらなければいけないようだ。時がくれば血の欲求には抗えない。吸血鬼の構造上、血液からの鉄分の吸収率は高い。だけど、今はまだ我慢できないほどじゃなかった。


 「冒険者ギルドはもっと粗雑なイメージがあったが、なかなか清潔感のある内装だな」

 「ええ、そうなんですよ。俺も最初はそう思いました。でも、そういうイメージがあるのはこの世界じゃ傭兵ギルドのほうなんですよね」

 「ほう?」

 

 ギルドに入るなり、師匠は感嘆の意を口にして、実に楽しそうに頬を緩めた。こうしていると、年頃の女の子のように可愛らしい印象を受けるが、中身はまったく別物だ。

 どうやら今は傭兵ギルドに興味津々で是非説明を頼みたいと言わんばかりに目がキラキラと輝いている。仕草が大人びているだけあってそのギャップがとても俺に好感触だ。別に変な意味はないので邪な想像はしないでもらいたい。


 「ごめん、俺先にトイレ行ってくるわ!」

 「……ほんとにトイレとメシの話しかしないのか」


 割って入ったラフィカの言葉に、驚いたように師匠は目を見開いた。当の本人はすでにトイレに向かって駆け出しており、彼が何者にも縛られない自由の民であることはここに証明されていた。テューンもさすがに突っ込みが追い付かないのか、苦言の一つも漏らさなかった。

 空は闇に覆われていて時間の感覚が損なわれているが、太陽の位置が正しければ今は夕方に差し掛かる前ぐらいの時刻だ。すでに彼はトイレに五回行ってる。トイレに宿る精霊だと告白されても俺はきっと真に受けてしまうだろう。いや、嘘だけど。

 話の軌道を修正しようと俺は傭兵ギルドについて説明する。


 「傭兵ギルドは主に護衛や警護などの対人を想定した仕事を取り扱ってます。冒険者は魔獣の討伐やダンジョンの探索をしてます。商人の依頼で危険地帯に希少な薬草などを採取しにいく際に一緒に雇われることが多いので、傭兵ギルドの連中と一緒に仕事をすることが多いですね」

 「ふむ、それなら合併したほうが効率的だな」

 「いや、もともと同じ冒険者ギルドだったんだ。まあ、俺らの生まれる前の話になるが、冒険者ギルドが全ての依頼を請け負ってた時代があってな。最初はこぢんまりした集団だったんだが、段々と功績をあげていくうちに商人ギルドに並ぶ影響力を持つようになって、国もそれを無視できなくなったらしい。色んな反発があったが、結局冒険者ギルドは傭兵ギルドと冒険者ギルド、んで商会の三つに解体され、商会は商人ギルドの傘下に収まったって感じだ」

 「国境をまたいで国政を揺るがす荒くれ集団なんて、どの国からしても目に余る存在でしかないわけだ。まあ、今でも冒険者ギルドは商人ギルドと同等ぐらいの影響力は残ってるけどね」

 

 ゼフの説明にテューンが補足する。


 「商会というのは?」

 「冒険者ギルドは素材の買い取りをそれまで商人ギルドを通さず自分たちで卸して販売までしてたんだ。だから、商人が売る商品より品質が高くて安いものが市場に出回った。冒険者ギルドが得意とする分野はそりゃもう独占さ。自分たちしかほとんど供給できない素材なんだから」

 「なるほど、だから傭兵ギルドとは別に商会も切り離さないといけなかったわけか。冒険者ギルドは今までどおり買取サービスを実施してるが、商会は商人ギルドに属してる別個体だ。お互いの利益のためにこれまで以上の卸値がつく。そして、冒険者はギルドに買取を申請してもいいが、自分で直接別の商会に売り込んでしまえば自分の言い値で取引できる。少なくとも、冒険者ギルドに手数料を払わなくて済む分の利益はでる。そうすることによって、市場の独占も避けられる。私の世界ではなかったシステムだな」

 「……さすが、説明する手間が省けた。というか、説明してないことまでよく理解できたな」


 ゼフは最後まで自分の口で言えなかった未練を滲ませながら師匠の理解の早さに喉を唸らせた。

 冒険者ギルドのカウンターを注意深く観察して瞬時に導き出したのだろう。俺には絶対できない所業だった。さすが初対面でハッタリをきかせるだけある。

 そうして、話し込んでいるうちに周囲からどよめきが起こった。冒険者ギルドの入り口にいる人物がその元凶だということは一目でわかった。

 異様に鋭い三白眼は蛇に睨まれた蛙のように相手を硬直させる気迫を纏っている。学者風の出で立ちだが、物腰は粗暴者のように荒々しく、とても高価な装飾を身につけてる高貴な人物には見受けられない。だが、その人物をオーステア様除く俺たち全員は知っている。


 「竜殺しの英雄、エルドリッチ・エルリックだ」


 テューンは師匠に聞こえるように出来るだけ小さい声で言った。

 師匠が鑑定眼を使用して名前を閲覧している可能性もあったが念のためだろう。


 「竜とはこの世界ではどの程度の脅威だ?」

 「モノによるが、彼が単騎で仕留めた竜はこの国の各地に点在する砦をいくつも気まぐれに焼いた大物だ。エルドリッチとの戦いの際も東部の平野の半分が焦土と化した。その末に首を落としたのだという。正直、私たちとでは天と地との差もある正真正銘の大英雄だ」


 エルドリッチは一挙に冒険者たちに羨望の眼と尊敬の念を送られた。しかし、彼はそれを意に介していないようだ。目つきは依然として厳しく、そしてそれはなぜか俺たちに向けられている。


 「エルドリッチ様! このような状況下でお越しいただけるとは」

 「うるせえ! あんたにゃ用はねえ!」


 この冒険者ギルドのお偉いさんであろう男が駆け寄ろうとすると、エルドリッチはえらい剣幕で怒鳴りつけた。その威圧感にやられて男は笑顔を引きつらせ前にだした足を止め、さっきとは裏腹に体を丸くして後退していった。

 怖すぎて関わりたくない。俺が元いた世界だったら、きっとチンピラとかそういう類の人間だ。とてもじゃないが英雄を名乗るような人物じゃない。いや、こういう腕にモノを言わすような世界ならああいう人間が英雄になっても不思議じゃないのか。何にせよ、嵐は過ぎ去ってもらいたいものだ。

 だけど、その願いも虚しくずかずかと俺たちとの距離を縮めるエルドリッチ。

 そして、一言言い放った。


 「おたくら人間じゃないだろ? 大人しく死んでくれや」


 緊張が走る。俺たちを各々の武器を構え、エルドリッチと対峙する。エルドリッチの不敵に笑うその様は、どこかうちの師匠を彷彿とさせてうすら寒さを感じさせた。うちの師匠もまた、エルドリッチの宣戦布告に愉悦し、その綺麗で透き通った瞳を一切逸らすことなくエルドリッチを視界に収めている。

 その反応に満足してか、エルドリッチはより笑みを深めた。そして、拳を構える。

 見聞によると、彼の職業は『鍛冶師』だ。だが、彼の手には武器は一切なく、拳が武器だとするにはいささかお粗末な構えだった。だからこそ、底知れない恐ろしさを抱いた。エルドリッチがどうやって竜を倒したのか。そこから汲み取ることはできない。ただただ巨大な魔力が彼の全身をめぐり、彼の周辺を渦巻いていることだけは認識できた。

 そして、エルドリッチは一歩踏み込んだ。

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