師匠の失ったもの
――――――――佐倉涼太――――――――
「やっぱり活気ないね」
「まあ、真夜中みたいなもんだしなあ。何かしようとしてもままならないだろうし。でも、さすがに飯屋はやってるっしょ!」
「そうだねー!」
マテとラフィカのお気楽な会話を聞きながら俺たちは街の様子を見て回った。まばらに人はいるが、みな小走りに行き交うばかりで普段の喧騒から想像できない様相を呈していた。
こんな状況だからもっと気を引き締めてほしいところだが、これまで無理にそれを二人に求めてきたことはない。俺たちは中堅どころの冒険者で、それなりに上手くやっていければいいと日々勤しんでた。だから、パーティー内でのルールはあるが厳格なものではない。
ラフィカは元々この王都で精鋭部隊に所属していた腕前を持ってる。あの性格だからか、すぐに落ちぶれて冒険者になったが未だ腕は確かだ。だからこそ、俺はラフィカを持て余していた。テューンが間に入ってくれていなかったら正直やっていけなかっただろう。
冒険者御用達の酒場に俺たちは赴いた。広めのホールとは別に個室がある結構な規模の店だ。俺たちの話し合いの場にはもってこいである。
「リョータとトモエは慣れない移動で大変だっただろう? まだ冒険者になって日が浅いから」
テューンが腰かけて一息ついた二人をねぎらった。こういう気遣いをさっと出来るところが尊敬できる。なんというか、そういえばそういう苦労もあるなとか、こういうことで悩むこともあるんだなとか、感心させられるばかりで、そういう相手の視点に立つ能力というものが感情の機微に疎い俺にはなかった。
「お気遣いありがとうございます。だけど、師匠の血を分けていただいたおかげか、不思議と身体は軽いです。精神的には少し疲れましたけど」
「俺も同じですね。以前に比べて全然違います」
「それは何よりだな。しかし、心しておけ。以前より力が増しているからといって過信は禁物だ。死ににくくなったからといって、絶対死なないとは限らない。さて、早速だが私と弟子たちとの間に吸血鬼の認識に齟齬がないか確認しなければならないな」
そのとおりだ。情けないことに俺たちはほとんど何の情報もないまま弟子入りした。師匠が詐欺師の類のものだったら間違いなく俺たちは泣きを見ることになる。
「このような形で君たちを引き入れてしまったことを申し訳なく思っている。私の現状云々は抜きにして元々弟子はとるつもりだったが、利害関係を餌に釣るような真似はしたくなかったのが本音だ。共通のトラブルを前にみなこうして集まってはいるが、それぞれの思惑は別だろう。君たちの心をバラバラにしてしまったかもしれない。だが、覚えておいてもらいたい。貴方たちはともに冒険者としての時間を過ごした仲間であり、どこにいようと私の弟子であることを」
「あ、すいません……かもしれないって、師匠は心が読めるんじゃないですか? 私たちの名前知ってましたし」
「良い質問だ、トモエ。私には『鑑定眼』というスキルがあってな。私がいた世界では随分多くの情報を得られたんだが、この世界ではどうやら名前しか見ることができない。つまり、ハッタリだよ!」
師匠は得意げににやりと笑った。
ちょっと子供っぽい仕草に驚いたのか、それともまんまと騙されてしまったせいか、トモエはぽかんと口を開けたままだ。正直、俺も内心驚いてる。うまい具合に誘導されたのだな、と。まあ、後悔はしてないのだが。
「おまけに、わずかに魔力を消費するから今の私だと多用はできない」
「……今さらっと重要なこと言わなかった?」
テューンはものすごく渋い顔をしながら尋ねた。俺も聞き間違いを疑いたくなったから同じ気持ちなのだろう。
「私はこの世界に存在を拒絶され、スキルの大半を使用できなくなったという話はしたと思うが、実は私の魔力の回復手段も著しく損なわれている。吸血鬼として所有しているスキルすらまともに使用できないと言っていい。だから、敵の懐に飛び込んだはいいが、倒す手段を持ち合わせていないんだ」
全員の表情が曇っていく。だが、他の誰よりも俺がもっとも失望している自信がある。
俺が師匠の弟子になった理由は、闇に呑まれた世界をなんとか元に戻したくて、この人の弟子になるのが一番合理的だと判断したからだ。その先のことなど一切考えていない。自分の身を捧げるに足る威圧感をあの時感じ取ったから、この人に身を委ねることを選択したのだ。
「だから、我が弟子たちにはこれから、時間制限があるうえに強大な敵を目前に、吸血鬼の力を超える様々なスキルを身につけてもらわなければならない。だからこそ、もう一度言う」
オーステア様は弟子全員の眼をしっかりと見て告げた。
「信念を貫き、ひたすらに渇望せよ」