ドロテアとの接触
――――――――佐倉涼太――――――――
何度かの休憩を挟み、半日が経過した。今頃外は夕闇に覆われている頃だ。ダンジョン探索の進捗状況はやっと折り返し地点を三十分ほど前に過ぎたところ。当初の予定とはかけ離れているが指揮をとってるフリージアに焦りはない。軌道修正した予定に従って探索は続行され、滞りなく消化することができた。
その間、ツェーリとマテは幾度となく衝突した。
「絶対わざとやってるでしょ!?」
憤るマテにツェーリは涼しい顔で返す。
「言いがかりよ。仮にそうだったとしても、先に当てられないほうが悪いと思わない?」
なかなかの煽りスキルである。
しかし、意外にもマテとのことを除けばツェーリの評判は上々だ。最初はそうでもなかったけど、段々と要領を掴めてきたんだろう。荷物持ちの冒険者を労ったり、精霊を駆使して探索の先頭に立ったりと能動的に隊に貢献していた。
敵対しようにも外堀を埋められていくマテはほとんど孤立無援の状態だった。
一方、死んだような顔をしている篠塚は足取りも徘徊するゾンビのように覚束なかった。さすがに心配になって背中を貸そうかと尋ねたけど、迷惑はかけられないと拒否されてしまった。絶対断られると思っていたけど、断られたら断られたで軽いショックを受けてしまう。
治癒の特訓のはずなのに、時折篠塚の壮絶な悲鳴が聞こえるのはなぜなんだ?
テューンに聞いても篠塚に聞いても有耶無耶にされるので謎は深まるばかりである。
そして、俺たちは次の異変に遭遇する。
「どういうこっちゃこりゃ……」
「ダンジョンの内部に遺跡がある、というわけじゃないよね?」
再び唖然とするジョルジュに念のため確認するフリージア。事前の情報とあまりに乖離した光景に陽気な彼女も多少は真剣味を帯びた表情を見せた。
「正真正銘天然ものだ。土と岩と鉱物ぐらいなもんだ、ここは。ありえねえ、どうなってやがる」
まず、光が差し込まないはずの洞窟に灯りがあった。それは人為的なもので、網目状の器が天井にぶら下がっていて、その中にある丸い水晶が発光して辺りを照らしていた。
レンガや整った石が敷き詰められていて、壁も垂直になるように石が積み上げられている。フリージアは遺跡と表現したけど、古びていないところを除けばまさに遺跡だった。
その通路が、約十メートル先にある。
「最近この道を使ったのはいつ?」
「ここまで深く潜るのは滅多にねえことだ。いくらリスクが少ねえダンジョンだからって奥に行けばそれだけリスクは高まる。定期的に慣れたやつらが潜って大勢で資源を一気に運び出す。ほんの三日前のことさ」
「……あの魔物見た今でも……少しくらいちょろいやつを期待してたんだが、そういうわけにもいかないな」
苦い顔でディランが言う。心底同感だ。戦わなくて済むならそれに越したことはない。
だが、短時間に一部とはいえダンジョンに文化的な内装が施されているところを見るに、敵はかなりの知性と労働力、もしくは、それを可能にするスキルを所有していることになる。
一筋縄ではいかない。目の前の光景が如実に物語っていた。
「罠かも知れない。私たちのパーティーが先にでるよ。みんなをお願い」
そのお願いは、フリージアたちに何かあった場合、俺たちが非戦闘員を引き連れて地上を目指せという意味も含まれていた。
ジョルジュや下位の冒険者たちに不安が広がる。だけど、ダンジョンに入る前から覚悟していたはずだ。だからこそ、彼らは取り乱すようなことはなかった。たしかに、実績と信頼のあるフリージアたちに比べれば、俺たちの評価は王女の推薦があるだけの田舎の冒険者だ。先の戦いである程度の実力が証明できたとしても彼らからすれば安心できないだろう。
「いや、その役は俺とリョウタにやらせてくれ」
囮役をゼフが買ってでたのはいいが俺の名前もあがったのは気のせいだろうか?
最近急に強くなって自信もついたが、頼られることに慣れてないので心臓がバクバク鳴った。しかし、ここで辞退するのは男が廃るってもんだし、ゼフの沽券にかかわる。俺は黙って頷くことにした。
「頼りにしてもいいんだよね?」
「ま、任せて」
かっこよく言うつもりが噛んでしまった。声が震えてしまった気がするし、上ずってしまった気もする。まあ、気にしても仕方ないことだ。
俺は気を引き締めてゼフとともに歩みを開始した。
ゼフが俺を選んだのは、俺とゼフだけが覚醒しているからだろう。いくら死の恐怖から遠のいたとはいえ、やはり仲間が悲惨な目に遭うのは気持ちのいいものじゃない。
そして、俺たちは問題のエリアまで到達した。
「罠……はなさそう?」
「……奥に進むぞ」
一定の間隔を保って俺たちの後ろをついてきていることを確認しながら一歩一歩慎重に足を進める。
まだ着慣れていない師匠が特別に作ってくれた服の着心地が気になった。悪いというわけじゃない。体にぴたりとフィットしていてそのうえ軽い。むしろ前より快適なぐらいだ。今まで体を守るためにガチガチの装備をしていた。プロテクターや布鎧も今は着てない。だから、心許ないと思ってしまうんだろう。実際は師匠の折り紙つきなんだけど。
ちなみに全身真っ黒なのでちょっと気恥ずかしい。男心はくすぐられたけどね。
「なんだ、この広い空間は」
俺たちがたどり着いたのはダンジョンの中とは思えない広々とした空間だった。石柱が六本あり、奥には祭壇があった。まるで神殿だ。
そして、その空間の中心にそいつはいた。
「ようこそおいでくださいました、冒険者諸君。私の名前はドロテア・カイザーリング。この度は私の実験に付き合っていただき恐悦至極に存じます。なお、諸君が見つけた新しい道は私がこのダンジョンに侵入した際のただの穴なので、特に真新しいものは見られませんのであしからず。まあ、どこに繋がっているか確かめるのも面白いかもしれませんね」
尋ねてもないのに自己紹介を始めた女性の双眸は白い部分が一切見当たらなかった。真っ黒な眼球に青い瞳。肌は青白く、頭には二本の角が生えていた。人の形をしているが、明らかに人間ではない。誰かに言われるまでもなく、俺の頭に答えが浮かんだ。
こいつは魔族だ。




