嫌がらせ
――――――――佐倉涼太――――――――
「なんっだこいつ!こんなやつ見たこたねえ!」
このダンジョンに精通しているがゆえにあの生物を前に、ジョルジュじいさんは動揺を隠せなかったようだ。
眼窩から伸びる触手はうねうねとうねり、先っぽにある眼球がしっかりこちらを捉えているように見える。だけど、それは見かけ倒しであの眼はほとんど機能していない。
そいつらがゾロゾロと前から後ろからと俺たちを包囲した。その中の一匹の口には食いちぎったような肉片が咥えられていてぼたぼたと血が滴り落ちていた。匂いの正体はどうやらアレらしい。「元」同族の肉よりもっとおいしそうな肉を見つけたとばかりにずるりと地面に落とした。
「ここにいるってことは元々狼だったものがアレになったってことだよね?」
「だろうな」
マテの疑問にゼフが答える。
「なかなかシュールで面白いね!さてさて、みなさんお仕事ですよー!前は私たちがやるから後ろは任せた!」
あのグロテクスな外見に気圧されることなくフリージアは号令をかけた。フリージアだけじゃない。フリージアのパーティーメンバー全員一切怯むことなく立ち向かう。
経験済みということもあって、俺たちの戦いは非常に安定していた。
ゼフの用いる「聖気術」は聖なるオーラを膜のように張って手広く変芸自在の強固なガードを展開するだけじゃなく、知性の乏しい対象に思考誘導を行う。すると、敵は光に群れる蛾のようにゼフだけを目指して突撃する。
盾による打撃と剣による刺突で着実にゼフは敵の数を減らした。
目を見張ったのは、ヤンとツェーリの活躍だ。肩に乗るようにツェーリに、傍に寄り添うようにヤンに、精霊が顕現する。
ヤンの精霊はエゾシカのような外見だ。ゼフのスキルの範囲から漏れた敵を相手取り、剣の軌道に割り込まない絶妙な位置取りでヤンの死角をサポートしている。ヤンのもつ剣の刀身は精霊の力なのか淡い緑の光を帯びていて、その切れ味は軽く振っただけにも関わらずオオカミを真っ二つに切り裂いた。
ツェーリの精霊は鷹の姿をしていて、その能力はツェーリが空を飛べるようにするものだった。急発進、急停止、ホバリングまでお手の物。味方で射線を切らないように立ち回りオオカミを弓矢で仕留めていく。その矢の精度は非常に高く、一本たりともオオカミの眉間を外さなかった。
一時は焦ったが、どうやら難なくこの襲撃を凌げそうだ。
だが、問題は別のところにあった。あまりに鮮やかなツェーリの芸当をまじまじと見ていると、彼女の放つ矢のあとに見慣れた投げナイフが刺さるのが見えた。一回だけなら偶然だ。二回目ならまあ、そういうこともあるだろう。三回目は……ないことはないかもしれない。
疑問の度を深めて、今度は矢とナイフの行き先じゃなく、ツェーリとマテを観察した。
ナイフよりも早く標的に到達する矢。その真相はナイフを投擲するマテを注視し、投げる方向を的確に見定めたツェーリによる嫌がらせだった。ツェーリの弓術はまさに達人の領域にあるといっても過言じゃない。マテは一投重ねるごとにより一層不快感を露わにしていた。
「何か言いたいことでもあるのかなぁ?」
「いえ? 別に?」
イライラが限界に達したのか関わり合いにならないように避けていたマテのほうから口をだした。それをすっとぼけた顔で流すツェーリ。二人の間からひしひしと伝わってくる険悪なムードに俺はただひたすら見て見ぬふりを決め込んだ。
そして、次の一投も案の定マテのナイフよりも先にツェーリの矢が敵に刺さった。ぎろりとツェーリを睨むマテ。その様子にほくそ笑むツェーリ。
あー、いやだ。こわいこわい。
「いいのかな、あれ」
「ん? 普段のびのびとしてるマテがあれだけムキになってるんだ。競い合わせるのも悪くない」
ああ、そうだった。テューンは基本的にそういう観点で物事を見るんだった。普段は仲裁に入ってくれる優しいお姉さんなんだけど、向上心が絡むと途端に争いを推奨する。
俺は何度か二人のことを気にかけたが、結局触らぬ神に祟りなしということでちょっかいを出さないことにした。




