テューンの本音
――――――――テューン――――――――
夜の色に塗られた街を肴に一人で酒を嗜む。なんてことができたら最高な気分だっただろう。実際は逆で、私は陰鬱な気分を引きずっていた。
王宮はちょっとした高所にあって城塞都市の大半を見渡すことができた。私はそれを見晴らし台から窓に腰かけて眺めている。わざわざエルドリッチにしばらく一人になれる落ち着いた場所はないか頼み込んだらあてがわれた場所だ。
ウルリカ王女に許可はいらないのかと尋ねると、事後報告になるが文句があるなら俺に直接言ってくるからあんたは心配しなくていい、となんとも気の利いた言葉をいただいた。第一印象は最悪で正直頼むことすら迷っていたが、エルドリッチという男を見直すには充分な配慮だった。
ここにいて随分な時間が経った。この景色が飽きないというわけではない。私の鬱屈したものが足を遠ざけている。これは単なる現実逃避だ。
「心地よいそよ風だ。じっくり堪能するといい。明日からはしばらく味わえない」
「……オーステア様。そういえば師匠は私らの位置を特定できるんだったな」
声をかけられ振り向くと、少女のような顔立ちのまだ会って間もない吸血鬼がいた。私は彼女に力を求めて、望んでこの身を捧げた。建て前は『夜よりも暗い闇』を打ち払うため。彼女の朱色の瞳はその見え透いた魂胆を最初から見抜いていたとさえ思える。
私の彼女に対する見立ては甘かった。だけど、それ以上の恩恵を彼女は齎してくれた。
「ゼフは鈍感だから仕方がないが、何人かは君の様子がおかしいことを気付いていた。私に話してくれるか?」
「あー、ゼフは昔からそうだ。あいつは私の気持ちなんて一つも気にしてない」
「君が完璧な人間だと妄信しているんだ。君はゼフの前だとなんでもそつなくこなそうとするだろう? いや、ゼフだけではないな。他のメンバーからも頼り甲斐のある人物になるように演じていた」
オーステア様は私の傍にあった椅子に腰掛けた。真剣な眼差しで私を捉えている。戦いの最中でもどこか楽しげだった笑みはない。
「私は本当の君が知りたい」
契約して弟子になったからといって彼女に心も捧げたわけじゃない。利害関係の一致で成立した関係で、それ以上の進展はないとタカを括っていた。
だが、現実は違う。リョウタはすでに従順だし、ゼフも心を開いている。たった一日でパーティーを解散したんだ。そう……パーティーを。
「……私は浅ましい人間だ。ラフィカとマテは本当に浅はかなことをした。だけど、私が言えたことじゃない」
私は目の前の吸血鬼を少しだけ恨んでいる。だけど、それはお門違いもいいとこだ。結局私の身勝手に過ぎない。どうせもう彼女からは離れられないんだ。打ち明けてみるのもいいかもしれない。
ヤケ気味に私は心中を明かすことにした。
「私は理想が高すぎるらしい。今のパーティーを組む前に私はこの王都で冒険者をやっていた。元々最初からゼフと組んで冒険者をやるつもりだったんだ。それがあいつ傭兵ギルドが気に入ったみたいで、私の誘いを断ってきた。まあ、勝手に一緒についてくるもんだと思って大した約束もしなかったのが悪かった。仕方なしに私は王都でパーティーに入れてくれる奴らを探したよ。冒険者は傭兵あがりも多いから、傭兵ギルドにいた頃の評判もあって引く手あまただった。だけど、そこからが問題だった」
私は続けた。
「パーティーに対する私の要求にみんながついていけなかった。私の夢は誰もなしえなかったことをやり遂げる冒険者になること。それはつまり、砂漠のダンジョンを攻略すること。その夢を叶えるための努力は怠らなかったし、それを相手にも押し付けた。一か月もてば良いほうだったな。ついには私と組んでくれる人間はいなくなったよ。西にあるエントラトの港町にいこうか、北のゲルシュ魔法帝国にいこうか、さらに奥にあるシェルト連合国でもいい。この国で冒険者として成り上がることをやめて、遠くにいってもいいと思った。だけどそんなとき、私が冒険者になろうとしたきっかけをくれた冒険者が砂漠のダンジョンで死んだ、と風の噂で耳にした。さすがに心が折れそうだったよ。彼女と一緒に旅をすることも私の目標の一つだったから」
私は自嘲した。
「ゼフの部隊が壊滅した時、私はチャンスだと思った。あいつは私に感謝しているかもしれない。だけど、私の中にあったのは身勝手な打算だけだった。もうこれっきりだ。これっきりにしよう。これがダメなら冒険者を諦めよう。そう腹を括って、王都と辺境伯の領地の間にあるちょっとした街に移った。自分のことで精いっぱいで、ゼフの気持ちは二の次だった。ラフィカとマテがその時ギルドにちょうどやってきたのも幸運だった。実力がそれなりで冒険者慣れしてない二人だ。染まってないうちに叩き込めば多少の無茶なら私についてきてくれると期待したんだ。それに、辞められると困るからフォローは万全にした。つくづく私は利己的で冷酷で最低なやつだ。だけど、そこまでしたんだ。仕方がないとわかっていても、パーティーを解散させるのはつらい」
いつから私の夢はこんなにも濁ってしまったのだろう。いつから私の憧れはこんなにも色あせてしまったのだろう。今はただその残骸に縋って闇雲に強さを求めるだけの日々。それすらも、ゼフの手によって取り崩されようとしている。だから、私は何の解決にもならないと知りながらも孤独に寄り添った。
一言も発せず、私の話に耳を傾けてくれた彼女は決して私のことを笑わなかった。




