エリニエスの悩み
――――――――佐倉涼太――――――――
「どうしたんですか?」
あまりのオーバーリアクションにエリニエスが怪訝な顔を浮かべてた。
「あ、いや、まだ早いんじゃないか……?」
「私これでも十八です!」
「十八ぃ!?」
「十八歳!?」
「十八って!?」
「私より年上じゃん!」
みな口を揃えて驚きの声を上げる。マテが同い年かもしくは年下なのにもびっくりしたが、マテより一回り小柄なエリニエスが年上なことが衝撃的すぎた。
「あのー、みなさん私のことバカにしてます?」
「してないしてない! ただちょっとびっくりしただけ!」
「そうだ! 容姿についてとやかく言うのは恥ずべきことだと思ってる」
「君たち語るに落ちてるぞ」
俺とゼフの言い訳になってない言い訳に笑う師匠。俺も言ってからもっとマシな弁明を思いつかなかったのかと自問自答した。案の定エリニエスは不機嫌になって口をきゅっと結んでしまった。
「私も五十を過ぎた頃に子供扱いされた時は腹が立ったものだ。エリニエス、それはエルドリッチと愛し合いたいということか?」
「もちろんです! でも、アニキは行きずりの臭そうなババアとはヤるのに私とは一発も寝てくれないんです」
口悪いな、おい。
「私も初恋の相手はエルドリッチのほうな無法者だった。同じパーティーの女に取られて、結局私の恋は成就しなかったわけだが。だから、君にはそこはかとない親近感を抱いている。だが、ああいう男は愛のあるセックスと愛のないセックスを分けて考えている」
「分けて、ですか?」
「彼はああ見えて義理堅い人間だ。愛を求められて弄ぶようなことは絶対にしないと断言できる。彼が愛を求められて応じるようなことがあるとすれば、一生添い遂げる覚悟ができた時だけだろう」
「そんな……じゃアニキは私を何とも思ってないってことですか?」
「そうは言ってない。ただエリニエスはエルドリッチにとって身内のようなものだからな。慎重になっている部分もあるんだろう」
「単純におっぱいが好きって可能性も……がはっ」
俺のおっぱい発言に両脇にいた篠塚とマテから今までで一番強い打撃が加わる。しかも、急所へと的確に。吸血鬼となって竜体化のスキルも相まって強靭になった肉体で相当な痛みが走ったのだから、生身の
人間だったら死んでいたかもしれない。
エリニエスは自分の乏しい胸元に目をやった。
ゼフも薄情なものであからさまに目を逸らしてやり過ごそうとしてる。俺に味方はいなかった。
「じゃ、どうすれば……」
「なに、簡単なことだ。既成事実を作ればいい」
「ちょ、ちょっと待ってくれ、師匠! さすがにそれは聞き捨てならない! 俺はエルドリッチが気に入らないが本人の意志は尊重すべきだ!」
「ゼフ、私は弟子がちゃんと師匠に意見してくれることを嬉しく思っている。だが、これは譲れない問題だ!」
「ただエリニエスと自分の境遇を重ね合わせてるだけなんじゃないか?」
「そんなわけあるか。私は恋する乙女に私なりのアドバイスをしているだけだ。別に他意などない」
明らかに私情を挟んでいるのにそれを態度に出さないところはさすがだ。だけど、初めて出会った時より胡散臭かった。
「あのー、つかぬ事をお伺いしますが、オーステア様ってどのぐらい経験されてるんですか?」
エリニエスからさらなる爆弾が投下された。
師匠は少女の面影が残っているが、通りすがりの他人ならはっと息を呑むほどの美人だ。師弟関係じゃなければ耳をそば立てているところだ。だけど、残念なことに俺は師事している人の夜の事情っていうのは、たとえ過去の話であっても複雑な心境を抱かざるをえない。
まだたった一日の付き合いだが、師匠を尊敬しているからだ。
「……ノーコメントだ」
師匠が質問から逃げた。人の眼を見て話す人なのにその時ばかりは目を逸らしてた。その様子を察してか、部屋全体に微妙な空気が流れた。聞いた本人であるエリニエスでさえ自分がしくじったと悟り、取り繕う一言を探すようにテーブルの一点を瞬きもせず見つめた。
何か俺が、俺がこの空気を変えねば。
沈黙に耐えかねた俺はこのどんよりとした重々しい空気を振り払うべく勇気を振り絞って口にした。
「千年経って処女でも需要はあります」
「君は一体何を言ってるんだ?」
空気にさらに冷気が加わったようだ。女性陣からの視線が痛い。ゼフの表情が死んでいた。自分に火の粉が降りかかってこないように懸命に気配を殺しているのだろう。ゼフ、それは正しい判断だ。俺が間違っていた。
まあ、処女であるかどうかは俺の勝手な妄想にすぎないし、そのことについて言明されなかったのは俺にとって胸を撫でおろす結果だった。とにかくエリニエスが気まずくなって話を切り上げてくれたおかげで、とりあえず地に落ちた俺の名誉がこれ以上ズタボロになることはなくなったはずだ。




