エルドリッチの質問
――――――――佐倉涼太――――――――
「おう、正直全然想像できねえ」
ヤンとツェーリの信仰する世界樹の歴史は、俺たちでいうところの神話の世界の話で、いまいち現実味を帯びなかった。エルドリッチのド直球な意見に賛同せざるをえなかった。
オーステア様という生き神様が師匠だというのにこの体たらく。まあ、それも昨日からの話なんだが。
「バカだからじゃない?」
ツェーリが冷たい一言を言い放った。
「は? おめえホントのこと言うんじゃねえよ。傷つくだろうがよ!」
認めるのかよ。
顔は笑っていても次の瞬間にはコンクリに縛って海に捨てそうな人相の悪さだ。そんなエルドリッチに面と向かって悪口を言えるツェーリはなかなか胆力がある。
「つまり、元々空を飛んでいたわけじゃなく、どこかに根を下ろしてしまってはいつか再開する同胞たちの元へ向かえないからああしているわけか」
「そういうことだな」
ゼフの要約に師匠が同意する。エルドリッチはさらに難しい顔をした。
「なんつーか、すげー効率が悪そうな乗り物だな。それだけのために空飛んでねーといけねえって」
「それだけ? 私たちにとっては何より大事なことだわ」
「おっと、言葉が過ぎたな。申し訳ねえ。おめえさんを侮辱するつもりはなかった」
「そう、分かってくれてありがとう」
ウルリカ王女に対してもそうだったけど、エルドリッチはなんだかんだ女性に弱いのかもしれない。テューンは叩きのめされたが、あれは敵意をもって挑んだ結果だし、篠塚には手を出さなかったと聞く。
「それで、次の質問だが……あの世界樹には一体何人のお仲間さんがいるんだ?」
「正確に数えたことはありませんが、おそらく五万人程度ですね」
遠くから見てあれほどの重量感だったのだ。それぐらいの人数を収容していてもおかしくない。だが、いざ耳にするとあの図体で空を飛んでいるにもかかわらず、その人数が何の支障もなく暮らしていることに驚きを隠せなかった。
「そうか、次におたくらが主力に据えてる武器についてだ」
「それは……」
ヤンが師匠のほうをちらりと見遣る。
先程からエルドリッチはかなりデリケートな質問を投げかけている。二人にとっては隠さなくてもいいことだったから正直に答えてくれたが、武器のことにはかなり慎重になっているようだ。そして、それだけ師匠が信頼されているということだ。
「どうせ一緒にダンジョンに潜んだろ? 今ここで教えてもらってもいいじゃねえか」
「二人は君に教えてもいいものなのか思案しているんだよ。見るからに悪人面だしな」
「おぉ、そりゃそうだ」
「ヤン、ツェーリ。彼は見るからに犯罪に手を染めてる顔をしているが、顔に似合わず誠実な男だ。この国の英雄というだけでその他に信用できそうな経歴は一切持ち合わせていないが、決して怪しい男ではない」
という褒めてるのか貶してるのか分からない師匠の言葉を受けて、上目遣いにニタリを笑顔を作るエルドリッチ。意味ありげな含み笑いは、むしろこちらが震えあがりそうだった。
「ほら、なかなかチャーミングだろう?」
「いや、怖いですよね?」
俺は思わず突っ込みを入れた。ヤンとツェーリもそのことについて触れないということは同意見なのだろう。だが、意を決したようでヤンはおもむろに口を開いた。
「僕は剣を、ツェーリは弓を主に使いますが、お互いに共通していることは精霊術を使うことです」
「精霊……そりゃあの世界樹から発生したものっつーことでいいか?」
「発生、というのはあまり好ましい言い方じゃありませんね。あくまで僕たちと精霊は世界樹の元で同等です。五万人の中には彼らも含まれてますよ。ただ、精霊は僕たちよりも数が少なく、精霊と契約できる者はごく一部、世界樹の守り手という役職を担った者に限ります」
「世界樹の守り手ねえ……まだ聞きたいことはあるけどよ、とりあえず質問は以上とする。今はこれで充分だ。俺も疲れてるからな。ダンジョンから戻ってこれたらまた話の続きでもしようや。建物の補修作業や死体の処理、その他諸々の事情で王宮内はまだ慌ただしいままだが、おめえさんらは気にしなくていい。サージェスの執務室は寝苦しいだろうけどよ、別に悪気があってそこに泊まらせてるわけじゃねえんだ。だから、まったく気にしなくていいからな?」
「エルドリッチ、手伝ってほしそうなオーラがだだ洩れだぞ」
部屋を退出した後も、扉の向こうから、「あー、俺もダンジョンいきてえなぁー!」と聞こえてきた。よほどウルリカ王女にコキ使われているようだ。エルドリッチに多少の同情を寄せながらも、いよいよ約十二時間後に迫ってきたダンジョンへの出立に緊張を強いられた。




