世界樹の願い
――――――――佐倉涼太――――――――
王宮に戻るとエルドリッチが眉間に皺を寄せて椅子に座していた。
朝方にはいなかった兵士たちや貴族がせわしなく行き来している。今この国は未曾有の危機から脱したにもかかわらず、崩壊の危機に瀕しているのだからこの慌ただしさは当然のことなのだが、居候まがいの俺たちが王宮内を歩いていると場違いな雰囲気が強烈に漂ってくる。
ここは朝方エルドリッチに呼ばれた時に利用した部屋だ。俺たちはギルドであったことを報告するためにここに通された。結局合流できなかったので、この場にはテューンはいない。いつも率先して前にでるゼフはエルドリッチに対しては引き気味で、今は師匠がエルドリッチと対面している形になっている。
「だいぶお疲れのようだな」
「デスクワークは苦手だ。出来りゃ俺もダンジョンに潜りてーな」
「それはウルリカが許さんだろう?」
「まあな、ウルリカどころかエリニエスからもお叱りを受けちまう。んで……随分厄介なものを連れてきたみてえだな? 異世界人のエルフなんてのは可笑しな話だな」
「ほう、やはり特徴を隠しても判別できるのか。だが、もう一つの事実は拾えなかったようだな」
「あ? ちっ、余計なこと口にしちまったなぁ。まあ、いいけどよ。もう一つの事実ってえのはどんなことだ?」
「この二人は天空城の住人だ」
ぎらりとエルドリッチの双眸が光った。生気を失ったような困憊しきった様子はもはや微塵もなく、好奇心でつりあがる口元が妙に不気味だった。ツェーリとヤンの二人もエルドリッチの笑顔に身を凍り付かせる。無理もない。俺だって未だに慣れない。
「それで、オーステア。あんたはどうするつもりだ?」
「ダンジョンに連れて行く。戦力に不安があってな。二人には即戦力になってくれることを期待している」
「おたくら二人はそれで承諾したのか?」
「彼らについていくことがもっとも任務の遂行に近いと判断しました。任務というのは、この世界の知識を得て、この世界の情勢を知ることです。僕たちはいずれ地上の人たちと交流を持ちたいと考えております」
ヤンは無知ではあるけど無能ではないのだろう。ツェーリは直情的に発言をするが、ヤンは極めて慎重に言葉を選んでいる。
「おたくらがその結果攻めてくる可能性を俺ぁ考慮しねえといけねえんだが……」
「ありえないわ」
エルドリッチの言葉を遮るようにツェーリが否定する。
「私たちは誠実さを重んじる。裏切るような真似は絶対にしない」
「それを信じてえのは山々なんだがよ……まあ、いい。とりあえず連れて行くことには口出ししねえよ。むしろ、報告してくれたことに感謝する。一応、協力関係にあるけどよ。俺にそうする義務はねえはずだしな」
「なに、その関係をないがしろにするつもりはないだけのことだ」
「そんで、おたくら名前は?」
見た目が犯罪者の男に名前を聞かれる。地球にいたころの俺だったら震えあがっていたことだろう。ツェーリとヤンも同じ心境かもしれない。
「ヤンです」
「ツェーリ」
「ヤン、ツェーリ。俺はこの国、この世界の安全が脅かされないようにおまえたちにいくつかの質問をしたい。前もって釘をさしておくが、その質問に答えたぐれえで信用を勝ち取ったとは考えねーことだ。最低限するべきこと。情報の開示は関係を築く前提条件だ。構わねえな?」
「よっぽど僕たちに不利な条件じゃなければ」
「もっともだ」
エルドリッチがにやりと笑う。
「まずはおたくらの世界について聞きたい。どういう役割をもってあの城は空を飛んでる? おたくらの世界でアレがそうせざるをえない理由があったのか?」
「役割……ですか。そもそも私たちは一度もイシュルの元を離れたことがないんです。強いて言うなら……私たちの歴史について語らなければなりません」
「イシュル……あれの名前か。ということはあれが世界樹か」
世界樹。エルドリッチには一言もその情報を与えていないのに、さも当然のようにそのことを口にする。俺たちが吸血鬼であることを見抜いたように。ヤンとツェーリがエルフだと見抜いたように、エルドリッチには何かしらのスキルが備わっているようだ。だけど、そのスキルによる知識は偏ったものでもあるみたいだ。
天空城の住人であることは掴めていなかったのに、世界樹にまつわるエルフであることは掴んでいた。そして、エルドリッチは日本を知っている。そして、呪われた肉体。そして……そして、自分の錬成した剣に不随された効果を他人事のように語った。
まさかそんなこと……あるはずがない。
俺は一つの推測を頭の隅においやった。あらゆるピースが組み合わさって、その可能性を示している。だけど、エルドリッチの口から聞かなければ結局それは憶測にすぎない。だから、今はそれを……喉から出かかったそれを飲み込むしかない。
「歴史は嫌いだ。だけど、説明せにゃならんのならしょうがねえ。そんで? どうかかわってくる?」
「私たちの世界は元々七つの世界樹によって創造された。私たちは私たちの世界を……七つの世界樹全てを総称してイスルと呼んだわ。イスルのイシュル。それが私たちの住む世界樹の名前よ。ほかの六つの世界樹にも名前があり、私たちの同胞が暮らしていた。それぞれ違う世界樹の元に生まれ、自分たちの世界樹を信仰の対象にしていたけど、お互いを敬い、分け隔てなく暮らしていたそうよ」
「だけど、戦争が起きたんです。大きな、とても大きな、七つの世界樹全てを巻き込む戦争です。世界樹を喰らう巨大な蛇との戦いだったと聞きます。七つの世界樹の住人たちはその大蛇を倒すべくこれまで以上に団結しました」
「蛇は倒せた。だけど、七つあった世界樹のうち三つは食われ、私たちの世界樹も世界が裂かれ、星が分断された拍子に他の世界樹と離れ離れになった。そのせいで、もはや私たちの世界樹には根付く大地が存在しなくなっていた」
「もう何百年と大気中に漂うマナを吸収して漂う浮遊の城。それが僕たちの住む世界樹の実態です。いつしか生き残った世界樹と巡り合い、再び大地に根をおろす……それが僕たちの宿願なんです」




