それぞれの選択
――――――――テューン――――――――
「先に言いましたが、貴方がたの処遇について不問とします。そのうえで、自分らに元々課せられた責務を果たすつもりがあるなら私に助力を願います」
私はオーステア様をちらりと一瞥した。弟子の不埒に対してどんな反応を示すのか興味があった。下唇に右の親指をあてて、左腕を右の脇に回している。何か考え込んでいる時の仕草だ。どうやらオーステア様は静観に徹するようだ。
それもそうか。オーステア様は私たちの自主性を重んじる。助け舟を出してくれてるとしたら追い込まれる瀬戸際だろう。
「具体的には私たちにどうしてほしいんですか?」
「マーリン、協力していただけるなら、まず貴方にはファーレンハルトの名を継いでもらいます」
「絶対イヤです。お断りします」
いつもへらへらしてるマテに似合わない不機嫌な顔つきだ。こんな表情初めてだ。
いや、私はマテが貴族だったことすら知らなかったのだ。マテのことを知った気になっていただけで、私は……私たちはマテのことをこれっぽっちも分かってなかったんじゃないか?
「ウリエル様は私を利用する気で、それを隠そうともせず選択肢も与えてくださいました。だけど、私はそもそも貴族としての在り方自体が嫌で家を抜け出したんです。生まれた時から政略の道具でしかない人生なんて私には耐えられません」
「……そうですか。でしたら、一つだけ言わせてください。貴方が望んでいなくても貴族として育った以上、貴方には本来民衆に仕える責務があります。贅沢な暮らしも優雅に着飾ることができたのも、全てその役目を果たすためのもの。貴方がそれを要らないと捨てたところで、貴方がその環境で育てられた事実は変えられません。何になって生まれるかは、なりたいと思ってなるものではありません」
「わかってます……! 申し訳ございません。ちょっと気分が悪くなってきたので退席させていただきます……」
そう言うとマテは足早に部屋を後にした。謝罪の前に何か言いあぐねていたのはきっと、込み上げてきた感情を吐き出そうと罵詈雑言を浴びせようとしたからに違いない。ウリエル王女に向けた責めるような目線がそれを物語っていた。だけど、それをしなかったのは相手の王女という立場が邪魔したか、それとも八つ当たりに過ぎないと分かっていたか、どちらにせよ理性が働いたことに変わりない。
「今行くのは逆効果だ。そっとしておいてやれ」
マテの後を追って部屋を出ようとしていたゼフを師匠が止めさせた。私も同感だったので、こちらに目を向けたゼフに対して頷いてみせた。
「まあ、こんなもんだろ。そーゆー腹づもりで家飛び出したんだ。俺もガキんころはろくに家に帰らなかったもんだし、気持ちはわかる」
「貴方と一緒にしないでくれませんか?」
「アニキ、それはマーリンさんに失礼ですよ!」
「おめえらは俺に失礼だよな。いいけどよ。それよりも、ラフィカ」
突然話を振られたラフィカが伏せていた顔を上げる。そのラフィカを見るエルドリッチの目は優しいものではない。
「俺ぁ男には厳しくいく。ウルリカはおまえを許すつもりでいる。けど、俺は無理だ。おまえさんにどんな事情があったにしても、俺が求めることは一つだけだ。しばらくでいい、俺の下につけ。精鋭部隊が壊滅し、軍のトップが亡くなった。軍を再編しなきゃならん。言うまでもなく、人手が足らねえ。おまえにゃ俺の補佐をしてもらう」
ラフィカはイヤそうな顔を前面に押し出したが、エルドリッチはそれを意に介さない。どぎつい視線をもってラフィカのほんの一欠片の反抗心を握り潰した。
これはさすがに助け舟を出さないといけないか、と口を開きかけたその時、事のなりゆきを見守っていた師匠が口を挟んだ。
「ラフィカ、逃げ出したくなるような苦い思い出があるんだろう?そして、これからもそういう思いをするかもしれないのを恐れてる。元々の身分を捨ててまで冒険者になったんだ。私は無理強いするつもりはない」
師匠は続けた。
「だが、もし僅かにでも君に向上心が残されてるなら引き受けろ。それが君の成長に繋がることだってある。強さではない。人間的なだ。エルドリッチはああ言っているが、最終的に判断するのは君自身だ。もちろん、ボランティアではやらせん。もらえるものはもらう」
そして、沈黙が訪れる。
みんなラフィカの返答を待っている。しがない冒険者だったころだったら私は全力で阻止していた。だけど、今の私は冒険者であって冒険者じゃない。中途半端な立ち位置だ。私自身どうすればいいか分からない。
一つ言えることがあるとすれば、ラフィカの意思を尊重しよう、ということだけだった。それはみんなも同じ気持ちなのだろう。みんなの顔にはラフィカを案ずる色が見てとれた。
しばらく経ったのち、ラフィカは顔を上げた。
「やります」
覚悟を決めた表情でラフィカは言葉を喉から押し上げた。エルドリッチは満面の笑みを浮かべてラフィカに握手を求め、ラフィカは躊躇なくその手を握った。




