尻に敷かれる者
――――――――佐倉涼太――――――――
「勝手に話を運んで申し訳ない」
「……不満は大いにある。大いにあるがよ……最悪なのは俺たちが全滅して、ウルリカのやつが訳のわからねえ神様の生贄にされることだ。すると、どうだ? 完全にこの世界に降臨したやつぁもっと最悪なことをしでかす。わかっちゃいるけどな。俺がもうちょっとだけ強かったらよかっただけのこった」
師匠の謝罪に回りくどく切り返すエルドリッチ。その気持ちはわからないでもない。この結果は僥倖とも言える。だけど、最善ではない。相当に贅沢な悩みだ。だけど、彼はそれでも願わずにはいられないのだ。そして、それは俺たちにも言えることだった。
やつらの手によって、ここではないどこかの誰かが憂き目に遭う。それは避けられない事実で、俺たちの心にわだかまりを残した。
「師匠、見てくれ。空に星が」
ゼフの言葉にみなが同じ方向に視線を向けた。
師匠の一撃が空けた大きな穴はダンジョン化していた王宮の中ではそれほど気にならなかったが、いつの間にか元に戻っていた玉座の間では風通しを随分良くさせていた。外は夜だが、『夜よりも暗い闇』よりも遥かに明るく、満天の星空が俺たちを迎えてくれた。
「まったくよぉ、ここは日差しがブァーって差し込む場面だろうが。おっと、それじゃおめえさんたちが死んじまうか?」
「そんなわけあるか。ひどいヤケドかシミになるぐらいだ。それもすぐ治るがな」
「そいや、弟子はあんたみたいな目や髪にはならねえの?」
「私に近づくにつれてそうなる可能性はあるな」
「エルドリッチ!」
ぶち破った壁からではなく、正規の扉からウルリカ王女が険しい表情でやってきた。厄災は去ったというのに王女様の顔には少しも喜びが見られない。
「よくやってくれました。ですが、ここからが大変ですよ。まず兵力強化のために各地に散らばった兵を集めなければなりませんし、生き残った貴族を束ねるために東部の辺境伯を味方につけなければなりません。英雄としてのあなたの立場をフル活用させていただきます。明け方には行動を起こせるように今から取り掛かります」
「えっ、もう? マジで?」
「当たり前です。王もいなければ、騎士団も形をなしていません。今のままでは私の王位はあってないようなものです」
「……すこしぁ余韻に浸らせてくれよなぁ。負けるとか思わんかったの?」
「私は再び王宮に足を踏み入れてから今の今まで、勝ったときのことしか考えておりませんでした。あなたは負けたときのことを考えていたのですか?」
「いや、そういうわけじゃ……」
狼狽えるエルドリッチに詰め寄るウルリカ王女。俺からすれば圧倒的強者のエルドリッチでもやはりウルリカ王女には弱いらしい。その隣にいる師匠もニヤニヤとその様子を眺めている。助けを求めるエルドリッチの視線に対しても、「応援している。私は遠慮しとく」としか返さなかった。
「あー、わかったよ! でも、せめて一口だけでいいから酒飲ませて!」
休息が必要と主張していたエルドリッチは何度かの問答の末、ついに折れてウルリカ王女に軍配があがった。国の危機を救った英雄がこき使われるブラックな体質を見せつけられた。まあ、仕方がないことなのだけれど。




