クレイオス
ーーーーーーーーオーステアーーーーーーーー
失った力を取り戻す感覚が湧き上がってくる。
奪われていたのは1ヶ月もない期間だったが、懐かしさが同時に込み上げてきた。
「力が戻ってきた」
「祝いに一杯飲むか?」
「慣れない冗談は言わないほうがいいな」
「そうか……」
ゼフの雑な振りを咎めるテューン。この二人はたまにまるで夫婦のようなやり取りをする。テューンのほうは気があるようだが、ゼフは堅物で感情をあまり表に出さない。普段はずいずい押してるテューンも恋愛に関して奥手なようで、二人の仲が進展するのはまだまだ先になるだろう。
まあ、この危機から脱することができたら、の話だが。
「それで、どれだけやれる?」
「完全に戻ったわけではない。取り戻していないスキルがあと一つある。だが、不利な状況を五分にもっていくぐらいには持ち直した」
「師匠、嬉しいよ。最後になるかもしれないけど、こうして共に戦うことができて」
テューンは目の前にある大きくて重厚な扉を見上げながら言った。
ここは世界樹に埋め込むように造られた城のさらに奥、世界樹の気配がもっとも強い場所。つまり、エルフたちの長がこの扉の先にいる。
扉が開かれる前に覚醒できたのはひとえに弟子たちの努力の賜物だ。トモエ、マテ、よくぞやってくれた。君たちが覚醒していなければ、私がこの先戦い抜くことは叶わなかっただろう。
特にトモエ。この世界の神の血を引く異世界人。この世界に対しての疑問がまた一つ増えた。そのことについて触れるのはまた後にしよう。
私は扉に触れ、そして、押し開けた。
そこには、痩せこけた男が一人立っていた。お世辞にも精悍とは言い難い顔つきで、抜き身の剣を携えている。
「お初にお目にかかります。御三方。我が名はクレイオス。世界樹の担い手にして、精霊の統括者です。オーステア様、ゼフさん、テューンさん」
「歓迎されるような覚えはないが」
「敬服してるんですよ。異世界の神である貴方に」
「そう呼ばれたこともあるな」
「謙遜されなくてもいいんですよ。人の悪意に晒され、嫌悪し、憎悪したはずなのに、それでも貴方は人の側に立った。その慈悲深さと愛は本物です。だからこそ、我々は貴方とともに歩む道を夢見た」
「クレイオス、その話は無意味なものだ。いくら君が望んでもそんな未来は存在しない。それに、これは君が始めたことだ。最後までやり通せ」
クレイオスはボロボロに崩れそうだった表情を引き締めた。曲がった背骨を真っ直ぐにし、毅然とした態度を取り戻す。
「この状況でも敵に塩を送るか……やはり優しいな。なればこそ、応えねばなるまい。全てはこれから生まれてくる子供たちのために。全ての罪は我が身が請け負おう。全力をもって挑ませてもらう」
軟弱そうに見えた男はもうそこにいなかった。今そこにいるのは、一族の命運を担い、大志を抱いた戦士である。そのオーラは一点の曇りもなく澄み渡っていた。
なんと天晴れな男か。これほど純粋な闘気を放つ者はそういない。彼は私利私欲で虐殺を企てる男ではない。だからこそ、悲しくなる。
どんな奇跡が起ころうとも、どちらが死なねばならない。彼に敬意を抱いたとしても。