死神の鎌
ーーーーーーーーヤンーーーーーーーー
見知らぬ世界が怖かった。
ずっと世界樹の中で暮らしてたから、他の景色は見たことがなかった。緑溢れる生活に唯一別世界と呼べたのは、クレイオス様とニキ様が住まう石造りのお城だけ。子供の頃、探検と称してツェーリとよく忍び込んだのが昨日のことのように思い出せる。
だから、異世界の色彩豊かな景色に目を奪われた。その反面、僕は異世界に行くための一歩を踏み出せなかった。
その手を引いてくれたのがツェーリだった。
彼女の好奇心に満ち溢れた笑顔が僕の目に焼き付いて離れない。お城を探検した時もそんな顔をしていたはずなのに、その時のツェーリはとても美しかった。だから、僕はその笑顔を守るために、ツェーリを守るために、彼女についていくと決心したんだ。
「そ……んな……」
獣のようにがむしゃらに剣を振るうリョウタにも聞こえない声で呟く。
それはとてつもない虚無だった。これが絶望というものなのか。僕は生きる意味を失ってしまった。他人を蹴落としてまで得ようとした幸福はもうどこにもない。自分を犠牲にしてまで守ろうとしたのに。
ツェーリが死んでしまった。彼女の笑顔をもう見ることはできない。
リョウタの生み出す竜の炎は、辺り一帯を火の海に変え、もはや精霊たちが手を出せる状況じゃなくなっていた。魔力を宿した炎は最初こそ世界樹も打ち消せていたが、今は勢いを増すばかり。もはや彼を阻める者はここにはいない。
歴戦の戦士ならばこの状況を覆せるかもしれない。敵の気迫に呑まれ、心の支えだった人を亡くした僕には不可能だった。折れた心は剣の腕さえ鈍らせた。
目の前にいるのは、すでに人間でも吸血鬼でもない。まさに竜の化身だ。その瞳は片方だけじゃなく、今や両眼ともに人間のものではなくなっていた。刀身から放出する炎がこの身を焼こうと猛る。
「ああ、そういうことか……」
リョウタと話した時のことを不意に思い出した。彼は不思議がっていたけど、今ならその反応も理解できる。僕がどれだけ鈍いのかを痛感させられる。
『そんな感情、必要ないんです』
自分の言葉が胸に刺さる。
なんだ……結局自分に言い聞かせてただけじゃないか。僕は、ツェーリに恋をしていたんだ。ツェーリのことがどうしようもなく好きなんだ。ただの相棒なんかじゃない。彼女は僕のかけがえのない存在だったんだ。
「こんなことなら、好きって伝えればよかった」
誰に言うでもなく、不甲斐ない自分を嘲笑うように僕は呟いた。結局僕はツェーリがいなかったら何もできないノロマだったわけだ。
そして、死神の鎌はリョウタにではなく、僕に振るわれた。