地上の死闘 その2
ーーーーーーーーラルフーーーーーーーー
一つ振れば大地が黒く腐り、一つ振れば壁がぐずぐずになり脆く崩れ去る。これはこの世にあってはならない類の純然たる悪意だ。それをニキは命を引き換えに振るっている。
俺も師匠がいた世界で魔王が使っていた『闇魔法』を継承している。だけど、これはまったく異質なものだ。なりふり構わない。暴力的で、何より悪辣だ。
「ぬん!」
初めてロイアスが防御らしい防御をしてみせた。
彼が口にする英雄というものではなく、害になりえる敵としてニキを認めた。その事実にちょっとだけ悔しくなった。
「なかなか珍妙な街並みだ。世界樹の知識にはない。非常に興味深いな」
「絶賛君たちが景観を損なわせてるんだけどね」
襲来したエルフたちはすでに至るところで火を起こし、建物を破壊していっている。帝国民は軍隊が守りやすいようにいくつかの地点に避難しているが、そこが狙われるのも時間の問題だ。
もちろん、これらは全てこちらの戦力を分散させるための陽動だ。陛下もそれは心得ている。だけど、まったく手を打たないわけにもいかない。彼の抱えるジレンマは相当なものだろう。
「軽口を叩ける余裕があるなら、あの堅牢な護りをなんとかせんか!」
先程とは打って変わって攻撃的になったニキの立ち回りでも、防御に割合をさいた分、攻め手に欠けた。ロイアスの槍とニキの槍が衝突し、轟音を響かせる。張り詰めた空気がびりびりと震える。防御一辺倒だった先の戦いよりも神の血を熱くさせるのかロイアスの顔には笑みがあった。だが、それでも届かない。ニキの鎧に傷一つつけられない。
ロイアスに合わせるように剣戟を振るう。『闇魔法』を駆使して搦め手を狙う。あるいは、そのどちらもを組み合わせて難攻不落の要塞を攻略しようと努める。『闇魔法』にもありとあらゆるものを腐食させる術はある。だが、ニキには効果がなかった。あちらのほうがこちらの能力を上回っているのだ。
代わりに、一つの事実に気が付いた。ニキは一度も精霊をつかっていない。ヤンとツェーリが使っていたように、彼女も『世界樹の担い手』である以上、精霊を使役する術を持ち合わせているはずだ。それがないということは、あの邪悪な力を手にするということは精霊から忌み嫌われることを暗に示しているのではないか。
「おや、ラルフくんが何やら気づいたようだ。大方、私の周りに精霊がいないことを怪しんでいるのだろうね。安心してくれたまえ。この力に染まってしまった以上、私に彼らを従える資格はない。だが、そもそもこの戦いにおいて一度たりとも精霊の力を借りていない。ん、むしろ安心できない残念なお報せだったかな?」
「吹きやがる」
落ち着け。おちょくるのも作戦だ。煽られたら相手のペースにハマるだけだ。
だけど、どうすればいい?
相手が命を削って戦っている以上、時間をかければこちらが有利になるのは必然だ。だけど、そうして使われた時間は俺たちにとって死の宣告だ。時間が経てばたつほど、どうしようもなくなる。
「だったら、私たちなんてどうっすか?」
耳元で囁くように聞こえたその声の主を俺は知ってる。
それと同時に、ニキを襲う一筋の斬撃。初めてニキの表情が歪んだ。余裕の表情で俺とロイアスの猛攻を凌いだニキの鎧の一部が宙を舞う。
「ふぅ、なるほど。これは私にとってあまりよろしくない展開だな」
現れたのは、リトゥヴァとジュウリ。ロイアスの義理の妹たち。異世界の神によって作られた子供。そして、ジュウリの斬撃はニキにダメージを与えることができると証明された。