ツェーリの胸中
ーーーーーーーーツェーリーーーーーーーー
こんなちっちゃくて可愛らしい子と友達になれたら、それはきっと素敵なことね。
一目惚れに近いかもしれない。もちろん、恋心じゃない。こんな女の子、今まで会ったことがなかった。世界樹から出たことがなかったから当然なんだけれども。
最初の出会いは最悪だった。私の機嫌が悪かったせいなんだけどね。そんな私にマーリンは食ってかかってきた。私も意地を張って言い返した。そんなことがあっても、私はマーリンに惹かれた。
マーリンの性格を知るにつれて、不安になったこともあった。主体性がなくて、周りに依存しっぱなし。そのくせ、みんなの生活を保護する立場の家柄に生まれたのに、その責任を放棄して家族からも逃げ出した。私には理解できないことばかりだった。
私の志す道とは真逆の人生をマーリンは歩んできた。
『私たちならきっと大丈夫だよね? 友達のままでいられるよね?』
私自身の言葉が感情を乗せて去来する。その言葉を反古にしたのは紛れもなく私だ。
マーリンは……私が心配したような子じゃなかった。心が病んでいて、それを隠してただけだ。本当はちゃんと周囲に気を配れる思いやりをもった優しい子だ。戦う才能があって、きっとこのままいけば芽吹くのも近い。ずっとそばにいて、マーリンの成長を見届けるのも悪くないなって、そう思った。きっと楽しいはずだ。ずっとずっとそんな楽しいことが続けばよかった。
でも、もうそれは叶わぬ未来だ。
「ツェーリ、辛いなら僕だけでも『担い手』になるよ。そして、君がいない間に全てを終わらせる。君がもう悲しまないように、これ以上涙を流すことのないように」
ヤンは私に甘い。私がわがままを言うといつも折れてくれるのはヤンだった。『担い手』になる選択を迫られた時も、私が無理をしないように気遣ってくれた。でも、私はやっぱりわがままを押し通した。むしろ、ヤンの言葉が私を後押ししてくれた。
「みんな辛い思いをしているのに、一人のうのうと引きこもるなんて出来ない。大丈夫よ、ヤン。『担い手』になるのは私の夢なんだから。私は自分の責任を果たす」
私には尊敬している人物がいる。私たちの長、クレイオス様だ。
まだやんちゃでみんなに迷惑をかけてた子供の頃、私はクレイオス様の自室に忍び込んだことがある。そこで目にした光景は今でも目に焼き付いている。
みんなが絶対の信頼を寄せていた指導者。いつも笑顔で太陽のような人だった。そんな私たちのリーダーが一人すすり泣く姿を目撃してしまった。私はやっと理解した。クレイオス様は私たちのためにいつだって心を砕いてくれている。その時、私は『世界樹の担い手』になることを決意したんだ。
この異世界に来て、初めて知った言葉の数々。その中に、忠誠心という言葉がある。その時抱いた感情を表現するなら、きっと忠誠心というのが正しい。私はクレイオス様を裏切れない。クレイオス様の支えに少しでもなれたら……そんな思いで『世界樹の担い手』になる道を選んだのだから。
だから、マーリン。私はあなたを殺すわ。でも、こんな形で終わらせるのはイヤ。あなた自身の意思で私に刃を向けて。そうしてくれたら、初めて私は全てを受け入れることができる。これは単なるエゴだ。それでも、私はそうしたかった。
お願い。その矢を防いで。そして、私と戦ってほしい。
失意の淵に立たされた、そんな顔をしているマーリンに願った。矢が彼女のナイフに弾かれた時、私は心の底から安堵した。