それぞれの戦い その1
ーーーーーーーー佐倉涼太ーーーーーーーー
「リョウタ、悪いけど僕の目的はリョウタにはない」
抑揚のない声。けれど、確かに決意を秘めている。口調も変化している。とてもヤンのものだとは思えなかった。
「じゃあなんでわざわざ……」
途中まで言いかけて俺は口をつぐんだ。
なんでわざわざ待ち構えるような真似をしたんだ。その疑問の答えを、俺はすでに持っている。先程の攻撃だって篠塚を狙っていた。そして、俺がヤンの立場だったら、俺もヤンと同じことをする。
「ロイアスはもはや脅威じゃない。僕らの一人が彼を抑えにいった。残る懸念はオーステアさんだけだ。リョウタ、君なら分かってるはずだ。君たちの誰かが覚醒する度に彼女は元の力を取り戻していく。彼女自体をあの乗り物から落とせたらよかった。だけど、そんなにうまくはいかないよね。次の手はたった一つしかない」
ヤンは師匠の力が日に日に増していくのを間近で感じていた。そこを叩かないはずがない。師匠の力が元に戻る条件、それは弟子である俺たちが覚醒を果たし、吸血鬼としてより高みへ到達することだ。
ならば、覚醒させなければいい。
「トモエを殺す。すでにマテのほうにもツェーリが向かってる」
俺はここにきてやっと異空間に収納していた刀を抜いた。
ヤンは本気だ。本気で俺たちのことを殺そうとしている。正確には、未だ覚醒の芽を残したままの篠塚を。そして、ヤンの手に握られた剣がそれを可能にする。あの禍々しい矢とは真逆だ。清浄な空気に包まれたその剣は純白に輝き、その美しさに目を奪われそうになる。
「不死性を断つ剣だよ。かつてご先祖様が『世界を喰らう蛇』にトドメを刺す際に使った聖なる岩から、その岩の一部を削り取って創り出された剣だ。君らに何も対策を講じないわけがないよ。斬られた者に待ち受けるのは死なんてもんじゃない。魂の消滅さ。君たちに復活のチャンスは微塵も与えない」
「……そこまでしてこの戦争に勝ちたいのかよ。せっかく仲良くなりかけてたのに……分かり合えたと思ったのに、おまえにとって俺たちはその程度だったのか? 命をもつ者の尊厳を踏みにじってるのと変わらない行いだ」
一瞬だけど、ヤンの表情が少しだけ歪んだ。
「僕は……ツェーリさえ無事ならそれでいい」
「……ああ、そうだよな。おまえはそういうやつだったよ」
自分の感情全部を投げ捨てて、自分の命すらも捧げようとしている。それが愛じゃないというなら何だというんだ。ヤンは自分のその気持ちを言葉に出来てすらいなかった。もう彼と色恋話で盛り上がるようなことはない。ここでどちらかの命が散ってしまうのだから。
そして、俺は久しぶりに迫る死の恐怖に震えていた。
ラルフとやった本気の試合すら遊戯でしかなかったと痛感する。ドロテアとの戦いの時みたいに誰かが助けに来てくれるわけでも、サージェスとその神と対峙した時のように誰かと共闘しているわけでもない。ここには俺と、守るべき存在の篠塚しかいない。死の刃を掻い潜り、渾身の一閃が届かなければ何もかも失ってしまう。俺の手で。他の誰かはいない。
刀を構え、深く息を吸う。呼吸は大事だ。乱れれば動きが鈍る。力が籠められなくなる。
生き残るため。目の前の男を殺すため。それが例え親しみを覚えた相手だったとしても腹を括らなければならない。
俺は地面を蹴って前に出た。