マジヤバいキモい犬
――――――――佐倉涼太――――――――
マジヤバいキモい犬は想像以上に厄介な敵だった。まずこいつらは見る動作をしているから視力はあるのだろうが、接近してきたら眼球つきの触手で武器をからめとろうとしたり、手足を拘束しようとしたりする。たぶん接近後は嗅覚と聴覚で位置を把握しているのだろう。そうして、身動きをとれなくしたあとに毒つきの牙で身体に傷をつけようとしてくる。
冒険者は布を腕に巻いたり、厚手のグローブを着用してそれをやり過ごすが、最後にトドメと言わんばかりにやってくるのは鉤爪のような尻尾だ。それが牙よりも鋭く長いので布鎧はもちろん、質の悪い鉄でできた鎧程度なら簡単に貫通してくる。
救いなのは、犬にはそのパターンの攻撃しかないことだ。なかなかに強力だが対処できないほどじゃない。
大量の犬の群れは十三人の重軽傷者を出したのちに安定して狩れるようになった。エルドリッチの指示が思いのほか的確だったことも要因だ。彼がいなかったら待機組と負傷者の入れ替えがもたついていただろう。一方向からの襲撃だったからよかったものの、これが全方位からだったら確実に死傷者が出ていた。
怪我はポーションで癒せるが、毒のほうは篠塚や他の回復要員の出番だ。
冒険者にもいたが、驚くことに傭兵ギルドのほうが毒治療を行える魔術師が多かった。ダメ元でどうしてか聞いてみたが、職業柄だ、と言われるだけで深くは答えてくれなかった。
そうして、ダンジョン攻略は順調に進んでいった。まあ、それは冒険者ギルドと傭兵ギルドだけの話であって、俺たちのパーティーは尋常ならざるノルマに悪戦苦闘していた。というか、無理難題すぎてどうすればいいかわからない状態だった。
エルドリッチから全員ダンジョン最深部に到達する前に覚醒しろとのお達しがあったのだ。
「なあ、一体どうやったんだ?」
「いやあ……精神的な話になるから説明しづらいんだけど……」
ゼフが神妙な面持ちで尋ねてくるが、俺に答えられる範囲は限られている。俺もよくわからないうちに覚醒したからだ。しかも、条件が強く願うことという非常に抽象的なものだ。アドバイスできるならしてあげたいが、自力でなんとかしてもらうしかない。
「精神的に追い込まれると発現しやすいんじゃないかな?」
「……まあ、確かに。おまえが覚醒したときもそんな状況だったしな」
「要は気の持ちようなんだろう。だけど、話に聞くのと理解するのは全然違うことだ」
テューンは時折見せる仏頂面で感情のこもってない言葉を発した。こういうときのテューンはなぜかすごく怖い。普段は愛想がいい表情を崩さない反動だろう。
「……そういえば、ゼフは以前傭兵ギルドに所属してたの?」
「ん、ああ、そうだな」
話題を変えるために尋ねたことだがゼフの返事はなんとも歯切れの悪いものだった。触れちゃまずい問題だったか、と自分の不注意さを悔いた。
「俺とテューンは前に傭兵ギルドにいた。元々同郷だからお互い面識はあったからな。そのつながりで冒険者ギルドに移籍した際一緒にパーティーを組むことになった」
「あの時は大変だったね。ラフィカとゼフのソリが合わなくて」
「そんなこともあったな」
ゼフは苦笑いを浮かべた。
どうやらラフィカは今も昔も変わってないらしい。前線にでて活躍しているラフィカは戦っている分にはかっこいい。悪い顔ではなく、むしろイケメンの部類だし、スタイルも抜群だ。残念な性格を除けば完璧人間と言える。
「ところでその話どこで聞いたんだ?」
「傭兵ギルドの人が、元気にしてるか? って聞いてきた」
「気にかけてくれる人がいることは悪いことじゃないよ」
ゼフには何か思うところがあったのか、テューンはすかさず擁護した。あまりにも自然に軽い調子で言われたから逆に気後れする。何かゼフにとっての闇がそこにある気がしてならなかった。