超大型零式魔導砲
ーーーーーーーーラルフーーーーーーーー
同行者の命が尽きようとしているのに、俺はもう次のことを考えてた。人の命をなんとも思ってないわけじゃない。だけど、起こったことはしょうがないと簡単に割り切れてしまう。
同じ危険が仲間に降りかかった時も、俺はこんな酷く冷めた態度をとってしまうのだろうか。それが途轍もなく恐ろしかった。
機体の上に乗ったエルフはすかさず手にもった剣を突き立てた。いや、剣というにはあまりにも歪な、それでいて不浄な気配を漂わせていた。実際握っているエルフの手は真っ黒に腐敗していて、それがおぞましい速さで全身に行き渡ろうとしていた。
それが一体なんなのか。
俺は記憶を瞬時にほじくりだして、一つの結論を導き出した。
『世界を喰らう蛇』の残骸。おそらく牙にあたる部分を削り取ったモノだ。高速で接近してくる金属の塊に対しての対策。これがエルフたちの解答だ。
装甲は瞬く間に劣化し始め、腐蝕部がみるみる広がっていく。そして、戦闘機に内蔵された魔方陣に到達し干渉しだす。その結果、魔力が暴走し、機体は爆発した。
俺は世界樹に行く手段を失ってしまった。全身を包み込む炎に抱かれながら機械の棺とともに落下する中、何があっても仲間でいようと決心させてくれた者たちの幸運を祈った。そして、俺は俺が出来ることをするため帝都に引き返すことを選択した。
ーーーーーーーー佐倉涼太ーーーーーーーー
俺でもわかるほどのとんでもないエネルギーが急速に膨らんでいくのがわかった。遥か後方、それが何なのか理解するまで時間はかからなかった。
『モニカ様の超大型零式魔導砲だ!』
パイロットの一人が歓声を上げる。
とりあえずかっこよさそうな単語をただ並べただけの気がしてならない。零式ってなんだよ。とにかくそれは待ち焦がれていた援護だ。混乱が広がり陣形が崩れれば、活路を見出すことができる。
『衝撃に備えろ!』
その時はすぐに来た。
超高密度の魔力の塊が世界樹めがけて射出される。起死回生の一撃。倒すことは出来なくても、侵攻を著しく遅らせることはできるはずだ。
『なんだって……』
俺は目を疑った。
弾道を予測したであろう位置に数十名のエルフたちが集結する。それが何であるか理解したのは、その塊に大砲の弾が直撃し、世界樹に届くことなく爆ぜてからだった。彼らは自らの命を犠牲にして自分たちの家を守ったのだ。何の躊躇もなく、命を差し出した。
そこで初めて、師匠の出撃前の言葉を思い出した。
決死の覚悟。それがまさに言葉どおりの意味であることを思い知らされる。分かっていたはずだった。でも、実際は分かってなかった。
手足がもげても進軍する。勝利のための駒になることを自ら選んだ。覚悟で勝敗が決するなら、俺は完全に彼らに敗北している。
『狼狽えるな、と言ったはずだ。後がないのは私たちも同じだ。それとも君たちは、なぜこうなってしまったのか、その真実を知らないまま敵に命を差し出すのか?』
爆発の衝撃によって激しい揺れが生じる。パイロットたちは懸命に機体を安定させようと操縦する。その余波で苦しんだのは何も俺たちだけじゃない。知識をもっていても、実際に体験したことはない。それがエルフたちへの付け入る隙だ。エルフたちの陣形はほんの僅かだが穴を見せた。またとないチャンスだ。
ああ、そうだ。何も知らない。この世界に飛ばされてきた時から俺は何も知らない。疑問が疑問を呼び、解決したかに見えた問題もくすぶっていただけでまたさらに疑問を積み上げさせた。半年前の異世界転移、師匠を含む神々の召喚、篠塚への疑惑、ドロテアのこと、ヤンとツェーリのことだって!
俺はまだ死ねない。心の中がぐちゃぐちゃでも、俺には帰るべき場所がある。こんな体になっても、吸血鬼と化した今でも、馳せる思いに変わりはない。
『師匠、真実を知ったとしても、俺は抗います。もう絶対に動じません!』
エルフたちが待ち構える最後の防衛線。そこを抜ければ世界樹に辿り着くことができる。全員が無事に、なんて甘い考えは捨てた。いや、やっと捨てることができた。決死の覚悟で挑まなければならない。この戦いに白旗は存在しないのだ。種の存亡をかけた戦いであることを深く胸に刻んだ。
そして、俺たちはエルフの群れの中に突入した。