死地に赴くということ
――――――――佐倉涼太――――――――
ゼフの目がテンになっていた。
いや、気持ちは分かる。マテはツェーリのことで頭が一杯になっていて、きっとそれどころじゃないと勝手に決めつけていた。
テューンは事情を知ってる様子で満足げに頷いてる。彼女はパーティーの解散を望まない立場を表明していたからというのもあるだろう。篠塚も別段驚いた様子はない。
これはあれだな。いわゆる女子会というやつが開催されたわけだ。と、一人で勝手に納得してみたが、真偽はわからない。
「どうした、ゼフ? そんなにかたまって」
「いや……意外でな、少し」
ニヤニヤ顔のテューンに歯切れの悪い返答をするゼフ。マテは何かを察して自分の考えを述べた。
「確かに、私の中での今の最優先はツェーリだよ。だけど、みんなが大事じゃないってわけじゃない。私にとって冒険者としてみんなと過ごした時間はかけがえのないものだから……大切に思えるようになったのはつい最近だけど。だから、離れ離れになるのは絶対イヤ。ありがとう、リーダー。また組むことができて嬉しいです」
深々と頭を下げるマテ。無言だけど耳を赤くしているゼフがちょっと可愛く見えてきた。顔はいかついけど。
そして、久しぶりにゼフをリーダーと呼んで、俺も感慨深くなった。
「私も謝っておかなければならないことがある」
そう切り出したのは師匠である。いつになく神妙な面持ちだ。全員が師匠を注視する。
師匠は俺たちに吸血鬼としての血を分け与え、迫り来る脅威に対抗する力をくれた。神に迫る力は何かしらの原因で失われているものの、俺たちに齎された恩恵はまさに神の御業に他ならない。もしくは、悪魔の所業か。
ともかく俺は師匠の眷属になったことを後悔していない。他のみんなだってそれは言えることだ。だから、師匠が謝ることなんて一つもないはずだ。
「この世界に来た時、最初私は傍観者に徹するつもりだった。君たちの世界のことは君たちで解決すべきだと判断したからだ。まあ、私に抗う力が残されてなかったのも一つだが、そんなものは言い訳に過ぎない。判断が遅すぎた。もはや事態はこの世界の範疇を超えた。親切だった隣人が牙を剥く。辛い現実が待ち受けていようとも、立っていられるのは片方だけ。この過酷な状況の中で、私は君たちの師匠ではなく、ともに戦う仲間として挑みたい。ともに抗う対等な仲間として死地に赴きたい……許してもらえるか?」
師匠の心境の変化は、ジークリットと遭遇した時から本人が口にしていた。この世界に対する姿勢を改める必要があると。サージェスと対峙したころの師匠なら、弟子である俺たちが無事ならそれでいい、と考えていただろう。だけど、今は別のことにも目を向けつつある。
それはきっと良い結果を生む。断言してもいい。
うれしさがこみ上げてくる。師匠とともに戦える。これほど心強いものはない。恥ずかしくない戦いをしたい。腕前はまだまだ未熟だ。だけど、時間は待ってはくれない。やるしかないんだ。
「ともに戦う仲間でも、師匠は師匠だよ。だから、これまでどおり師匠って呼ぶ。でも、それでも一緒に戦う仲間だよ」
マテの言葉に全員が頷いた。
師匠は普段とは違う優しい笑みを浮かべて、感謝の言葉を述べた。