身を削る稽古
ーーーーーーーー佐倉涼太ーーーーーーーー
何度斬り込んでもラルフの守りを突破できる兆しが見えない。刀を弾かれ顎を砕かれる。そこまでに至る一連の動作を捉えられない。手首を切断された時も、心臓に刺突をくらった時も、ラルフの剣は鮮烈だった。
殺す気で練習相手になってくれ、と頼んだのは俺だったけど、あまりの容赦のなさにちょっと泣きたくなってきた。
不死身じゃなかったら何十回と死んでる。
「どうしたの、急に」
突然の申し出にラルフは驚いていた。それもそのはず。一番剣の腕がたつラルフと、これまで一度も稽古をしたことがないのだ。俺が剣を習ったのはゼフとテューンからで、本来なら二人のどちからに頼むのが筋だろう。
「付け焼き刃だと思うけど、正直今のままじゃパーティーに貢献できてるか怪しいし、たぶん明日の戦いは今までの中で一番過酷になる。ちょっとでも戦力になりたいんだ」
「確かに死ぬような体験を何度も繰り返せば、体が無理矢理動き方を覚えてくれるかもね。恐怖まで刷り込まれなきゃいいけど」
「それは確かに否定できない……だけど、本番で足がすくむよりはマシじゃない?」
「それは……まぁ、確かに」
最初は乗り気じゃなかったラルフだったけど、実戦形式ならと渋々ながら応じてくれた。よほど人に教えるのが苦手らしい。だが、彼の腕自体は折り紙付きだ。パーティーの全員が認めている。
それでも、ちょっとはやり合えると思ってたんだけどなぁ……。
情け容赦のない斬撃。最初の指で数えられるうちはやり返そうとする勢いを持っていた。それは段々と薄れてきて、今はラルフの斬撃をどうやったら見極められるか思案に必死だった。当然、答えなど見つかるはずもなく斬り伏せられる。
「大丈夫?」
そう気を遣って声をかけてくれたあとに、一切加減のない斬撃が繰り出される。
俺、ラルフと本当に仲間なのか自信がなくなってきた。
「何を弱気になってるんだ!」「がんばれ俺!」「自分から志願したんだろ!?」「挫けるな!」「もう足手まといになるのはイヤなんだろう?」
たくさんたくさん自分を励まして奮い立たせる。
目で追うだけじゃ絶対に防げない。目で追えても体が反応しない。心が折れそうになる。だけど、結果が出せないのはもっと駄目だ。自分で望んだことだからなおのこと、意地でも一太刀浴びせたい。
「はぁー、なんだこれ。こんなに差があるもんなのか!」
自分の不甲斐なさに悔しさが募る。それが声となって零れだす。体が力む。がむしゃらになる。すると、初めてラルフが気遣い以外の言葉を口にした。
「体が強張ってる。腰が引けてる。それじゃ、来ると分かってても避けられないよ。恐怖が沁みつき出してる。それを克服したいんじゃなかったの? 切り刻まれるのが趣味なら止めないけど」
心なしか後半めっちゃ煽られてる気がするけど、きっとそれは俺の心に余裕がないせいだろう。
心底ムカついたけど、ラルフの言うことは一理あった。呼吸を整え、姿勢を正す。確かに、腰が引けていたようだ。それに、常時体に力を入れていたら動こうというときに動けなくなる。頭が一杯でそういうことも失念していた。
なんだ、ちゃんと教えられるじゃん。
俺の出来が悪すぎて業を煮やしたのかもしれない。なんにせよ、今のアドバイスはありがたかった。活路が見えないのは変わりないけど、視野をだいぶ広く持てるようになった気がする。
そして、それなら4度目だったか5度目だったか忘れたけど、ついに俺はラルフの剣を防ぐことに成功した。道のりは遠く、それはあまりにも小さな一歩だったけど、確実に一歩踏み込めたという実感は溜まらなく嬉しいものであった。