お風呂場にて その1
ーーーーーーーーマテーーーーーーーー
トリュン王国の宮殿に泊まらされた時とは待遇にかなりの差があった。まあ、王国はサージェスの手によって国を運営する主要な面々を軒並み殺された挙句に、宮殿内はその血で染まっていたので致し方ないことなんだけど。
私たちは側室にあてがわれる豪華な部屋を一人一人に割り当てられ、見たこともない料理に喉を唸らせた。リョウタがフランス料理と言っていたけど、リョウタ自身そんなに詳しいわけじゃないらしい。
残念だったのが、吸血鬼になったことで味覚の変化が生じたせいでその料理をみんなが楽しめなかったことだ。
最初の一口こそ食欲をそそられた。だけど、結局ツェーリのことが気になってフォークをテーブルに置いた。
目まぐるしいが、着々と整っていく戦いの準備に胸が締め付けられていく。
テューンとまともに話せたのは、訓練を終えた後のお風呂場でだった。
「大丈夫か?」
どう話しかけようか考えあぐねてたような気まずい表情をテューンは浮かべた。私は申し訳なさが一杯だ。だけど、私自身このどんよりとした気分を晴らせることができずにいた。
ツェーリが敵になる。
全て帝国側の主張だ。だけど、妄想を垂れ流すような視野の狭い人たちじゃないのは嫌でも分かった。それに、仮に嘘だったとしても彼らに利益はないように見えた。
それでも、私はツェーリに会うその時まで、ツェーリとの思い出に縋りたい。ツェーリの優しい笑顔が頭から離れない。また一緒に旅をしたい。
「うん……あー、やっぱ大丈夫じゃないかも」
湯船に浸かっててもわかるプロポーションの良さ。胸だけ大きくなって背が全然伸びなかった私には理想の体型だ。一緒にいるトモエちゃんは私とは真逆の体つきをしてる。身長は高いけど……まあ、そんなことはいい。
以前の関係なら、私は大丈夫と言い切ってこの話を終わりにしていた。オーステア様と出会ってから、私たちの関係も徐々に変化を遂げていった。私にとっての仲間は、家族の元に帰らないようにするための居場所に過ぎなかった。大切じゃないわけじゃない。愛着もあった。でも、心の拠り所ではなかった。
「ツェーリさんのこと?」
とトモエちゃんが尋ねてきた。
「エルフは自分たちの内情を全て明かしたうえで世界を滅ぼすことを宣言した。事実なら、私は彼女がどんな選択をしても責めない」
「でも、簡単にやられるつもりもない、だよね?」
「そうだ」
テューンらしい。中途半端な男より男らしい潔さ。
その正論でさえ私を傷つけた。心が壊れそうになる。涙が流れそうになる。だけど、そんなものは無意味だ。何の解決にもならない。
わかってた。
私は何から何まで先延ばしにして結論から逃げてきた人間だ。みっともない。情けない。自分が醜くて仕方ない。
だけど、ツェーリからは逃げたくなかった。彼女はこんな私のことを友達と言ってくれたんだ。
「マテ、トモエ、二人とも。私はみんなに謝らなければならないことがある。私なりのケジメとして聞いてほしい」
テューンが急にそう切り出した。
「私は最低な人間だった。今も、そこから這い上がろうと努力中の身だが。私の夢は世界に名を残す冒険者になることで、みんなとパーティーを組む前はメンバーにその夢を強要していた。その時の私にとっては当然のことだった。そして、誰も私についてこなくなった」
テューンは続けた。
「身分も実績も不明なマテとラフィ……今はラルフか。二人をパーティーに引き入れたのは他にアテがなかったからだった」
うん、知ってた。あからさまに怪しかったもんね。私もラルフもどこの出身か話したがらなかったし、冒険者の試験を受けられるだけの教養とお金があったし。明らかにワケありの雰囲気出してたし!
大体の冒険者は傭兵ギルドで下積みを経験して冒険者ギルドに入る。だから、結構顔見知りが多いらしい。そうじゃない人はそれなりの身分も持っていて、冒険というものに憧れを抱いていたり、名声がほしかったり、そんな感じでギルドに入ってくる。
傭兵経験なしの身分不詳が二人。当時は切羽詰まってて考えが回らなかったけど、確かに関わりたくない要素しかない。つまり、それだけテューンはその時、怪しさ満点の二人を勧誘しなければいけないほど追い詰められていたわけである。