戦争前夜
――――――――佐倉涼太――――――――
時計が一周する頃には戦が始まる。
それまでに俺たちがするべきことは、訓練と講習である。
「頭が爆発しそうだ……」
ゼフは未知の分野の知識を必死で取り込もうと悪戦苦闘している。テューンが次々疑問をぶつけるので余分な知識も少なくない。さすが冒険に並々ならぬ執着があるだけあって、彼女の知的好奇心が半端じゃない。地球で少しだけでも親しんだことがある俺や篠塚でも追いつけないほどの専門知識をテューンは短時間で身につけた。
驚いたのは、マテがそれについていけていることだ。
いや、当然のことかもしれない。マテは元々貴族の出だ。それなりの教育を施されて下地はできていたのかもしれない。それにしても、文明レベルがいくらも離れた専門知識をこうまで素早く吸収できるのは大したものだ。
俺は途中から投げた。
「神の眷属になったことでちょっとやそっとじゃ死なないけど、君らには世界樹に到達後即座に最大のポテンシャルを発揮してもらわないといけない。時間は足りないが、足りない中でも最低限の知識を叩き込んで、それを身体に覚えてもらう」
という、皇帝陛下のお言葉をいただいて俺たちはこうしているわけだ。
だから俺はこうしてみんなが負い目を感じないように最低限を維持しているわけだ。決して授業になると眠くなるわけではない!
戦闘機の中で重力加速度による失神に耐える訓練はタメになった。そもそもどういう原理で空を飛んでるのかなどの講義はどちからといえば、そういう技術に縁がなかった人の不安を取り除くために実施したようだ。
パイロットスーツを期待していたけど、そこは帝国自慢の錬金術が機内で遺憾無く発揮しているため必要がないらしい。残念だ。
「この機体は二人乗りが限度だ。操縦はこちらが用意したパイロットが行う。君たちはその後のことに備えておいてくれ」
「つまり、全員分の戦闘機が出撃するわけですね」
確認のために聞くと皇帝陛下は頷いた。
「もちろん、エルフも全力で阻止してくるだろうね。全員が辿り着くことはできないかもしれないよ……この戦闘機は兵器を一切装備せず、魔方陣の効果によって急旋回急発進を実現したことにより従来の機体よりも高速移動を可能にした。速度の調整もできるゆえに、君たちは世界樹に安全に着地できる。もしそれが不可能だった場合、パイロットには世界樹に特攻するように命令した」
「正気か? 私たちが無事でもパイロットは死ぬぞ」
「君たちを確実に送り届けるためなんだよ。野暮なことは言わないでくれ。僕は帝国民一人一人の命を軽くなんて見てない。それでも、決断しなければならない時がある」
「……そうだな。すまなかった」
「まったく! しんみりするのは嫌いだ! テューンといったか? 僕は君たちのことを全然知らない。だから、この戦に勝ったら、改めて酒を飲みながら自己紹介しよう」
皇帝陛下は何の躊躇もなく握手を求めた。国のトップとは思えない気さくさだ。反対勢力を軒並み粛清した人物には見えなかった。
その後、俺たちはパイロットと顔合わせをした。
みんな怯えていた。恐怖が顔に纏わり付いて離れない。死ぬ可能性のほうが高い任務を前に口数も減っているようだった。
だけど、それ以上に彼らは覚悟していた。家族を守るために、あるいは恋人のために、そして、国の未来のために。言葉の節々からその重みが伝わってくる。
命を賭けて託す相手が、得体の知れない冒険者。彼らの心中を推し量ることはできなかった。だけど、これだけは言える。
やるからには、彼らに報いなければならない。そう強く感じさせられた。