こいつだけ生き残っても意味がない
ーーーーーーーー佐倉涼太ーーーーーーーー
「こいつらを連れてきたのは他でもないこの俺様だ! 絶え間なく感謝するがよい! がーっはははは!」
「ええ、そりゃもう涙がちょちょぎれるほど感謝してるよ。まさか生きた状態で連れてこれるとは……暴れた分食べるだけの穀潰しだと勘違いしてた!」
「がーっはははは! 褒めてるように聞こえんがまあ、よい。俺様は今機嫌がよいからな! がーっはははは!」
「はぁ、ご飯があったらいつでもご機嫌だね……」
たしかに、メシ食ってる間はうるさいけどおとなしい。皇帝陛下の溜息からこれまでの苦労が窺えた。
「それで、そろそろ本題に入らない?」
ラルフがごもっともなことを口にする。
「いやん、ラルフさん。声までまじまじカッコイイ!」
モニカの熱い視線にラルフは気づいてないふりをする。といっても、テーブルを囲む時に何が何でもラルフの隣が良いとモニカが主張したため、その熱い視線は超至近距離から放たれているのだが。
「いや……わけわかんない。俺のどこがカッコイイ?」
「ぐへへ、そんなにいくらでも挙げられるよぉ! 強いて挙げるなら、コミュ症っぽいとこかな!」
「えっ、そこなの……?」
意外なチャームポイントに篠塚が初めて声を出す。
「ラルフの言う通りだ。僕は君たちをお茶会に誘ったわけじゃない。だから、改めて言おう。どうか我が帝国を救っていただきたい。それは、世界を救うことに繋がる」
「敵が何者かは知ってる。しかし、どれほどの戦力を保有しているかまでは理解していない。先程、陛下は……」
「アルフォンスで構わないよ。陛下と呼ばれるのはむず痒い。君のような上位の存在なら尚更だ、オーステア殿。先程、僕は我が軍では太刀打ちできないと言った。それは別に敵が空を飛ぶ大樹だから迎撃できないとか、こちらの数を圧倒的に上回る兵を有しているとか、そういうことじゃあない。『世界樹の担い手』と名乗る女性が単身で乗り込んできた時、その気があれば僕は殺されていた。その場にいた誰もがそれを食い止めることが……できなかった」
マテが下唇を噛むのが見えた。
『世界樹の担い手』。そのワードは間違いなくヤンとツェーリ、エルフたちの長を指すワードだ。マテは一縷の希望を捨ててはなかった。だけど、今まさに敵が何者なのか確定した。
その敵の中に、ヤンとツェーリがいる。
ツェーリと一番仲が良かったマテの心中は穏やかなものじゃないだろう。もしかしたら、まだマテはツェーリの潔白を証明しようと頭では躍起になってるかもしれない。
「では、アルフォンス。『世界樹の担い手』は単独でこの国を落とすことができると……そう言いたいのか?」
「そうだ。救いようのない事実だけど、受け入れるしかないよ。しかも、『世界樹の担い手』は複数人いる。それに、こちらの好き勝手できないように兵を送り、戦火を広げるはずだ。ロイアスが一人食い止めることができても……」
「俺様は死なん」
「だが、帝国は壊滅する、と」
師匠の言葉にアルフォンスはこくりと頷いた。
「そもそもおかしな奴らだよね。宣戦布告なんてせずに強襲しちゃえば帝国なんて簡単に沈んでたのに、律儀にもこの日に侵攻しますから何卒宜しくお願い致します、なんて! しかも、一日二日なんてもんじゃなくて、戦力を充分に整えられる猶予を与えてくれるときたもんだ! お優しくて結構だよね」
「俺様は気に食わんがな。舐め切っておる」
楽観的に飄々としているモニカとは真逆で、ロイアスはメシにありついてなければテーブルを叩き割っているぐらいの敵愾心を燃やしていた。
「報告をまとめると、おそらく各地に散らばった偵察兵を回収してから進軍するつもりだよ。各地で確認されたエルフの特徴をもつ個体が突然現れ、突然消えた。時期もちょうど被ってる。緊急招集を可能とする何かしらの連絡手段があったとみるべきだ」
「……ツェーリはそんな素振りなかったよ」
何かを懇願するかのような声でマテが否定しようとする。それを否定したところで、何の解決にもならない。マテ自身それを理解しているはずだ。だけど、口にせずにはいられなかったんだろう。
そんなマテの小さな抵抗は、師匠によって無慈悲に打ち砕かれた。
「私たちはダンジョンに潜っていた。それもかなり深くだ。世界樹の影響の範囲外にあったのだろう。そう仮定すれば、あの二人が世界樹に戻らず私たちと行動を共にした説明がつく」
師匠を少しだけ睨んだけど、すぐにマテは顔を俯かせた。
「私は変な希望を持たせる言葉を投げかけるつもりはない。それは何より残酷なものだからだ」
明らかにマテに向けて放たれた師匠の言葉。ジュウリの能力のせいか、一際耳にこびりついた。一気に場の空気が悪くなった。マテとツェーリの仲睦まじさを考えると無下にすることはできない。少なくとも、この流れを変えられる機転は俺にはなかった。
「おかわりはまだか?」
ロイアスの空気の読めない発言がさらに場を混沌とさせた。