露と消えた願い、果たされぬ約束 その2
ーーーーーーーーツェーリーーーーーーーー
「そんな……私、約束したの。必ず助けにいくって。マーリンに約束したの……」
懇願するような目で、縋るような声色で、そんな私からクレイオス様は視線を逸らさなかった。それどころか、とても悲しい顔をして私を抱き締めてくれた。私の心の痛みを全て自分のもののように受け止めてくれる。彼は昔からそうだった。私たちの何もかもを背負ってくれる。そんな彼を後ろから見ていたから、私は彼を支えようと『世界樹の担い手』になることを望んだ。
クレイオス様は私の人生の指標だ。私が生まれた時から『世界樹の担い手』で、みんなのことを導いてくれた。だから、私はクレイオス様を裏切れない。
「もはや猶予は残されてはいない。我々は他の種族を犠牲にしてでも、世界樹を守らねばならない。これから生まれてくる子供たちのためにも」
後ろに控えていたもう一人の『世界樹の担い手』。彼女の名前はニキ。クレイオス様を慈愛の象徴とするなら、彼女は剛毅の象徴とすべき人物だ。どんな時でさえ毅然とした態度で佇む彼女はみんなの心に強い芯を与えてくれる。『世界樹の担い手』はこの二人。この二人だからこそ今までやってこれたといっても過言じゃない。
「我々の世界にはあった潤沢な魔力の源がこの世界の空には存在しない。このままでは世界樹は枯れ、我々の命は世界樹とともに散ってしまう。これより我々はゲルシュ帝国に攻め入り、帝国がかかえている魔力を取り込んで世界の中心を目指す。そして、この世界に根を張る」
「……根を張ったらどうなるんですか?」
「世界樹から生まれた生命以外の全ては、例外なく環境に適応できず滅びの道を歩む」
ヤンは声を震わせていた。私よりもこの世界に執着していないと思ってた。だけど、その声に宿る感情はやり場のない怒りや失うことへの恐怖が含まれてた。
そして、理解する。
どんなに辛い選択であろうとも、ヤンは最終的にこの世界の破滅を選ぶ。
私はどうなのだろう。色んな感情が渦巻きすぎて気持ちの整理がつけられない。マーリンを裏切るような真似はしたくない。だけど、クレイオス様の言葉が事実なら私は世界樹に住むみんなのために戦わなければならない。
「二人にお願いしたいことがある」
ニキは続けた。
「元々『世界樹の担い手』は四人いた。本来は私とクレイオスの他に二人選ばなければならなかった。『世界樹の担い手』になるということは、我々の歴史の真実を知るということだ。過酷な運命に打ちひしがれることのないよう、二人には笑顔のままでいて欲しかった。だが、状況が変わってしまった」
「僕たち二人に、『世界樹の担い手』になれ、と言ってるんですか?」
「そうだ」
あれほど憧れた役割なのに、そんなの全然嬉しくない。世界樹のみんなを守るための力のはずなのに、その力を友達を殺すために使えと言う。
マーリンのことだけじゃない。
この世界には新しいことがたくさんあった。見たことのない景色、色んな人との出会い、錯綜する思惑すら、私には冒険を感じさせた。
その全てを踏みつけにしなければならない。
「『担い手』になれば残酷な未来を知ることとなる。我々に待ち受ける闇を、決して照らされることのない闇を見ることになる。判断は二人に任せる。だが、どうか『担い手』として我々とともに歩んでほしい」
差し出されたニキの手を握り返すには、私の覚悟が足りなかった。
私は……どうすればいいの?




