昨日の敵は今日の友
ーーーーーーーー佐倉涼太ーーーーーーーー
「皇帝陛下だと……?」
師匠でさえ度肝を抜かされることをさらりと言ってのけるロイアスには、人間の身分などさほど重要なことではないと窺える。そもそも彼は神だし、師匠のほうが奇特だと言えるのかもしれない。
師匠は元々吸血鬼で人と生活を送ってきた分、そういう意識がまだ根のほうにあるんだろう。ロイアスは生まれながらの神様だ。それなら彼の態度も頷ける。身分はロイアスに区別を与える要素ではないのだ。
「おう、うまいメシを運んでくれる良いヤツだ! しかも、たらふく食わせてくれる。俺様は寛大だからな。そのうまい料理に免じて助っ人を探していた。奴らは軟弱すぎてすぐ死んでしまうのだ! 俺様は死なんが、うまいメシが食えなくなるのは絶対に許せん」
ロイアスの説明は主観が多く要領を得ない。しかし、悪い予感が脳裏をよぎった。どうしてもそれを認めたくなかった。ジュウリがあれほどエルフを敵視していた理由が、ロイアスの気まぐれな行動に結びついてしまうのが怖かった。
ヤンとツェーリを逃がしてしまうことが間違いだったと考えたくなかった。
「すまない。状況を整理するために敢えて尋ねるが、世界樹のエルフに会ったのだろう?」
「む? 直接会ったことなどない。俺様の前に現れたら即座に潰してくれるわ! がーっはははは!」
「つまり、皇帝陛下がお会いになったと」
「話が分かるではないか。そうだ。エルフどもは宣戦布告してきた。よりにもよって俺様に無償でうまいメシを提供してくれる奴らにだ! む、どうした? そんな顔をして」
「いや……なんでもない。君の立場と置かれた状況をようやく理解できたと喜んでるんだ」
「おまえ、さては頭が良いな?気に入ったぞ!がーっはははは!」
師匠が珍しく頭を抱えていた。
ロイアスがこの世界に来て、どこに属していて、何を目的としているのか。そして、誰が敵なのか。それが判明した。エルドリッチと違ってこちらの出方を窺う素振りもないし、口から出まかせを言ってるわけじゃない。おそらく真実だ。
本気で彼はおいしいご飯のために皇帝陛下に協力するつもりでいる。
「それで、世界樹の代表は一体どんな戦線布告をしたんだ?」
「明日だ。明日ゲルシュ帝国に侵攻する。傲慢なエルフどもは帝国を滅ぼしたのちに、世界樹を世界の中心へと運び、根を巡らせるつもりだ」
「根を?」
「俺様も何のことだかさっぱり分からん! だが、根が全体に行き届くようなことがあれば、人類のみならず、ありとあらゆる生命が生き絶え、世界樹が生んだ生命だけが住まう世界に変わると言っておったらしいわ!」
愕然とする。
もしそれが事実だとしたら、絶対に阻止しないといけない。
この世界に特別な思い入れがあるわけじゃない。むしろ嫌いだ。だけど、この世界で関わった全ての人に感謝している。彼らがいたから、この世界を少しでも好きになれた。
死にたくないという気持ちもある。それと同じぐらい彼らに報いたいという気持ちがある。
ヤン……おまえもその一人なのに……。
これからもっと仲良くなりたかった。ラルフとヤンの三人で話した時、気まずい雰囲気で解散しちゃったけど、それは俺自身の問題のせいだった。あいつがどんな性格なのかようやく少しだけわかりかけてきたのに。
逃げおおせた二人は確実に世界樹へと帰るだろう。そしたら、きっともうここには戻ってこない。
「うそ……そんな……うそだよ……そんなの!」
ジュウリとリトゥヴァに連れられたマテが膝をついて項垂れる。腕を拘束していたリトゥヴァは絡めていた腕を解いた。もう抵抗しないと判断したんだろう。
「ロイアス、私たちを皇帝陛下のもとへ連れて行ってほしい。今の話が真実かどうかはそこで見極める。君は問題なくご褒美をもらえるし、そのほうが私たちは慎重に物事を判断できるようになる」
「ご褒美がもらえるなら何でもよいぞ、がーっはははは!」
師匠が決断を先送りにしたのはマテのためだろう。そうしないと、きっとマテはまた強く否定するからだ。
マテがロイアスを睨んでいたけど、彼女の中で渦巻いた感情が言葉になることはなかった。