起死回生の一撃
ーーーーーーーー佐倉涼太ーーーーーーーー
「気をつけろ!こいつさっきより強くなってる!」
そう叫んだのはラルフだった。
ロイアスとの戦闘は生きた心地がしない。まだそんなに経っていないはずの時間が、永遠に伸びていくんじゃないかと錯覚するような緊張感。
その中で、ラルフの言葉が重くのしかかった。俺たちの中でも実感としてあったからだ。
手のうちを読まれて一手先を行かれているわけじゃない。未だ転がってる槍を拾う気配もなく、拳をただ振り回してるだけだ。
それなのに、強くなってる。純粋にその腕力が、その脚力が。絶大な破壊力が速さを増して迫ってくる。
「がーっはははは! ここまで耐えたのは久しぶりだぞ! だがしかし! 足らん、足らんぞ! そろそろあくびが出てしまうではないか!」
「こいつ底なしか!」
テューンでさえロイアスの天井知らずのパワーに声を漏らした。
大変お恥ずかしい限りではあるけど、俺はすでにロイアスのブルドーザーのような一撃をもろにくらってまともに体を動かせる状態じゃなくなっている。木の幹にぶつかった時に肺にある空気を絞り出すように上げた悔しさと無力感に苛まれた叫びは、うめき声とそう変わらない程度の大きさだった。
相手が悪いのは確かだ。だけど、もう少しだけでいい。師匠の弟子である以上、その自信が欲しかった。
悔しい……悔しくて堪らない。自分の弱さに腹が立つ。師匠から与えられたものを何一つモノに出来ていない。『竜体化』のスキルでみんなより多少頑丈なだけで何の役にも立ってない。
早く動けるようになれ!俺は戦わないといけないんだ!
そう体に言い聞かせるが、内部がズタズタになった肉体はぴくりともしなかった。
「よくここまで耐えた! 俺様の拳をここまで防いでみせたのはおまえぐらいだ。己の誉れとしてもよいぞ! がーっはははは!」
ついにゼフが膝をつき、次の一撃をもってゼフの体がすっぽりはまるようにと地面にめり込む。冗談のような光景だった。あるいは、悪夢だ。
「女人でそれほどの怪力を持つ戦士は一人たりともいなかった。俺様の世界の馬鹿どもは、何かあればすぐに力自慢をする馬鹿ばかりだったがゆえに驚嘆するに値しないが……実に見事だ! だが、やはり足りん!」
俺とは違って前線にいながらもロイアスの拳を受け流していたテューンも掴まってしまう。力任せに遠投の要領で強引に投げられたテューンは木の枝をバキバキとへし折りながら最後には地面に打ち付けられた。俺の時より明らかにパワーが上がっている。ティーンは意識すら刈り取られたようだった。
残るのは、ラルフだけ。師匠の傍で震えている篠塚はただ目の前の惨状を目に焼き付けることしかできないでいた。それは仕方のないことだ。
やめよう。今は篠塚のことは考えたくないし、考えるべきじゃない。
ラルフが密かに練り上げていたあの魔力の塊。あれがロイアスに対しての起死回生の一手になることを願った。
ロイアスの能力は、気体も、液体も、もちろん固体でさえ害あるものを遮断する無敵のスキルだ。ラルフが『闇魔法』のスキルで使用した強力な呪いですら無力化する絶対防御。それを打ち破る方法は、最初からロイアス自身が明らかにしている。
至極単純だ。火力である。ロイアスの防御を上回る威力の攻撃だけがロイアスを傷つけることができる。しかも、ロイアスはそれを避ける意思すらない。むしろ、当たってくる。だけど、それを突破することが何より難しい。
だから、ラルフの切り札だけが唯一の希望なんだ。
「さあ、もういいのではないか。そろそろおまえが背中で温めておる魔力の塊を俺様にぶつけてみたらどうだ?」
もうすでに切り札の存在はバレていた。ラルフは動揺しなかった。溜息を一つ漏らして、隠していたそれを胸元に持っていく。凝縮された魔力は、その空間にぽっかり穴が開いたような漆黒で、まるで全てを飲み込んでしまうかのようだった。
「がーっはははは! 初めて見るぞ! 滾るなぁ! それが俺様を傷つけることができたら、おまえには英雄の資格がある!」
「英雄なんて大層なものになるつもりはないよ。あんたを倒さなければ仲間を救えない。だから、俺はあんたの慢心を利用させてもらう」
「御託はいい。さっさとこい!」
ラルフは限界まで練り上げたその魔力の塊を、ロイアスに向けて解き放った。